2021-01-01から1年間の記事一覧

616   「聖書に復讐の詩が収められているのはなぜでしょうか」・・・「聖書協会共同訳 詩編をよむために」(飯謙, 春日いづみ, 石川立, 石田学, 西脇純、日本聖書協会、2021年)

日本聖書協会が2018年に出した新旧約聖書の翻訳「聖書協会共同訳」は、どのくらい普及しているのでしょうか。それを促すことにも関係しているのでしょうか、この訳に基づいた詩編のガイドブックが2021年に出版されました。 わたしが最初に手にした聖書は1955…

615   「不正なのか、それとも、構想力なのか」・・・「パウル・ティリヒ 「多く赦された者」の神学」(深井智明、岩波書店、2016年)

深井さんは本書では「脱出」と「受容」という視点からティリヒを描いたと言います。ドイツ、父親、ルター派教会、キリスト教会からの脱出、そして、アメリカ、学会、読者による受容、また、性や政治面での逸脱、既存の信仰からの逸脱、神による受容が重なり…

614   「不完全なものが完全を表す」・・・「岡倉天心『茶の本』を読む」(若松英輔、岩波現代文庫、2013年)

岡倉天心と言えば、東京美術学校開校者、日本美術院創設者、近代日本美術の先駆者とされ、その仕事は、美術教育、美術家養成、古美術保護、日本美術史研究、日本美術思想の世界への伝達として知られています。 しかし、若松英輔さんのこの本は、岡倉が茶道を…

613    「共通点と、相違点の乗り越え」・・・「東西の霊性思想 キリスト教と日本仏教との対話」(金子晴勇、ヨベル、2021年)

霊性とは何か。世界、万物、生命、人間を創造し維持する力、あるいは、神を大霊とすると、人間には(あるいは、万物にも)大霊を感知したり、それにつながったりする小霊がある、と考えられる。小霊は、大霊が人間に宿った、あるいは、自身を人間にわかちあ…

612    「ギリシャとユダヤを源流とする思想の大河」 ・・・ 「ヨーロッパ思想史 理性と信仰のダイナミズム」(金子晴勇、筑摩書房、2021年)

本書の特徴は、書名にあるように、ヨーロッパ思想史を哲学と神学の両面から描いている点です。したがって、哲学者のみならず、神学者も数多く登場します。両者を兼ねていたり、どちらか一方に定義できなかったりする人物もいます。 「宗教的な霊性が哲学的な…

「三つのひとつの生」・・・ 「女の一生 二部・サチ子の場合」(遠藤周作、新潮文庫、1986年)

若松英輔さんの「深い河」の批評本をきっかけに、「深い河」、「女の一生 一部・キクの場合」、そして、「女の一生 二部・サチ子の場合」と、この秋、遠藤周作さんを続けて読みました。他の小説も、残りの人生で、できるだけ追いたいと思います。 本書には、…

610    「青年と中年と死者との対話から生まれてくるもの」 ・・・ 「心」(姜尚中、集英社文庫、2015年)

わたしが講師を務める高校では毎年二年生の現代文で漱石の「こころ」を取り上げています。生徒たちは教科書とは別に「こころ」を文庫本で読んでいます。もう何年もそうしているのは、ひとつは、この作品が高校生に強く訴えるものを持っているからでしょうか…

609    「目に見えないものを、ともに見る」・・・ 「神秘の夜の旅 越知保夫とその時代 増補新版」(若松英輔、亜紀書房、2021年)

吉満義彦、内村鑑三、井筒俊彦、池田晶子、須賀敦子、神谷美恵子、小林秀雄。 2011年以降、若松英輔さんによる評伝を何点か読んできました。最初のころは、まったく読めませんでした。読んでも読めなかったのです。 けれども、少しずつわかってきたことは、…

608   「旧約聖書学の光と影」 ・・・「旧約聖書と教会 今、旧約聖書を読み解く」(小友聡、教文館、2021年)

「第一部 旧約聖書の思想」は、コヘレトについての興味深い考察を中心に、詠み応えがありました。 けれども、「第二部 旧約聖書と教会」は、はじめに「洗礼を受けていない人との聖餐式はいけない」という結論があって、それを旧約聖書から「根拠づける」スタ…

607   「誰の人生でも、できることがある」・・・ 「人生 すべてには時がある 旧約聖書「コヘレトの言葉」をめぐる対話」(小友聡、若松英輔、NHK出版、2021年)

小友さんは神学教授でキリスト教の牧師ですが、枠に囚われない考えをしています。 「信仰がなくたって、いまをこのように生かされていることは恵みなんだと気がつくんです」(p.29)。 本書の題材である「コヘレトの言葉」は、人間は神のように未来を知り得な…

606   「政治とは最も弱い生命をまもるいのちの仕事」 ・・・「いのちの政治学 リーダーは『コトバ』をもっている」(中島岳志、若松英輔、2021年、集英社)

対談ですので、ひじょうに読みやすいです。しかし、十分な準備に基づいていて、とても深いです。 世界の根底には目に見えない大切なものがある、それは、神、仏、あるいは、いのちなどと呼ばれる、政治は、特定の政治集団にでもなく宗教集団にでもなく、その…

605   「金持ちの利益を貧者に再分配する仕組み造りこそが政治」・・・「政治的思考」(杉田敦、2013年、岩波新書)

「政治は、そうした価値の複数性や多元性を前提としながら、いくつかの『正しさ』の間で調整や妥協を図る営みなのです」(p.39)。 しかし、「価値の複数性や多元性」と言っても、人を殺してはならない、人から盗んではならないという考えと、人を殺してもよい…

604「これでも民主主義は止まらない」・・・「民主主義とは何か」(宇野重規、講談社現代新書、2020年)

「政治において重要なのは、公共的な議論によって意思決定をすることです。言い換えれば実力による強制はもちろん、経済的利益による買収や、議論を欠いた妥協は政治ではないのです」(p.50)。 憲法改正には衆参両議院で三分の二以上の賛成が必要ですが、それ…

603 「信仰は意地でも信念でもなく・・・」 ・・・「女の一生 一部・キクの場合」(遠藤周作、新潮文庫、1986年)

遠藤のもうひとつのキリシタン小説「沈黙」に登場するキチジローは、キリストを棄てる。だが、キリストはキチジローを赦す。 しかし、遠藤は弱い者、人間の弱さだけを描いているのではない。「沈黙」にも、この「女の一生」にも、けっして信仰を棄てない者た…

602「ふたりのむすめ」・・・「マイ・ダディ」(山本幸久、2021年、徳間書店)

女の子は十代。父親の仕事を手伝ったりもするが、恋もする。ところがある日、大きな試練に見舞われる。 父親は小さな教会の貧乏牧師。牧師職だけでは食べていけないので、ガソリンスタンドでアルバイトをしている。 ぼくも牧師をしながら非常勤教員もしてい…

601   「復活とは、転生とは、神とは、たとえば」 ・・・「深い河 新装版」(遠藤周作、2021年、講談社文庫)

登場人物のひとり大津は、「日本人の心にあう基督教を考えたいんです」と言いますが、これは、遠藤周作さん自身も同じようなことを言っています。けれども、ふたりは、キリスト教を日本人向けにしたのではなく、むしろ、世界のどんな人間にも通じるものをキ…

600   「それはほんとうに本当なのか」・・・「フーコー入門」(中山元、1996年、ちくま新書)

人間とは何か。唯一の正解はない。いくつもの答えがある。そして、それは、解答者の属する歴史にもよるだろう。けれども、「真理という概念は、この歴史性を隠蔽して、なにものかの『本質』であるかのように振る舞うものである」。しかし、「『真理』とは論…

599   「言葉にならないものを聴く」 ・・・「沈黙のちから」(若松英輔、2021年、亜紀書房)

精魂尽き果てたときは、若松英輔さんの本を読みたくなります。それも、ひとりの人の一冊の評伝よりも、小文集、エッセイ集が良いと思います。心がつぶれそうなとき、若松さんの新刊が出ると、闇夜でマッチ箱を拾ったような気持ちになります。 「喉に渇きを感…

598   「キリスト教を日本化するのではなく、宇宙化し、しもべとする」・・・「日本人にとってキリスト教とは何か: 遠藤周作『深い河』から考える」(若松英輔、2021年、NHK出版)

誤読ノート598 「キリスト教を日本化するのではなく、宇宙化し、しもべとする」 「日本人にとってキリスト教とは何か: 遠藤周作『深い河』から考える」(若松英輔、2021年、NHK出版) 「日本人にとってキリスト教とは何か」を考えるとは、どういうことでしょ…

597  「百パーセントでなくてもよいなら、神は信じられるか」 ・・・ 「現代人はキリスト教を信じられるか 懐疑と信仰のはざまで」(ピーター・バーガー、教文館、2009年)

聖書には、処女降誕、病気の癒し、嵐の鎮静、復活など、科学的には信じられないことがらが満ちている。また、大虐殺など歴史や社会に起こる残酷な出来事ゆえに、神の存在を疑う人びともいる。 奇跡をそのまま信じなさい、大虐殺も神が起こしたと信じなさい、…

596  「神の象徴・比喩を絶対化せず、再解釈しつづける」 ・・・「究極的なものを求めて 現代青年との対話」(ティリッヒ、新教新書、1968年)

「一般的な宗教、つまり狭義の宗教では、私が悪魔化と呼んでいる危険性に支配されています。これは、ある特定の象徴や概念が絶対化され、それら自体が偶像化したときに、悪魔化が起こるのです」((p.22)。 たとえば、イエスが馬小屋で生まれたという「象徴」…

595  「神は名前をいくつ持つか」・・・ 「宗教学の名著30」(島薗進、ちくま新書、2008年)

この本で紹介されている30冊は、「宗教学」を意識して書かれたものとは限らない。「宗教学」という学問ができるずっと以前にのものも少なくない。しかし、これらの著作から、宗教とは、そして、神とはどのようなものと考えられてきたか、いや、どのようなも…

594  「信仰者はそれを神と呼び、そうでない人はそれを、何か尊いものと呼ぶ」 ・・・ 「宗教ってなんだろう?」(島薗進、平凡社、2017年)

イスラム教、仏教、キリスト教と言った特定の宗教を信じていなくても、人間には、宗教心があります。 そして、特定の宗教が特定の表象(言葉)で言っていることは、人間一般の宗教心ではどのように言われているのか考えてみることで、特定の宗教の意味が深ま…

593  「祈りとはそこに赴くこと」 ・・・「マイカルの祈り: 9.11同時多発テロに殉じた神父の物語」 (中村吉基、あめんどう、2021年)

2001年9月11日午前、ワールドトレードセンター内で天に召されたマイカル・ジャッジ神父が、いつも唱えていた四行の祈り。 著者は、その一行一行を、神父の行動、聖書の言葉や物語、著者自身の経験に照らして、噛み締めていく。 聖書とイエスを信じる者たち、…

592  「生存者の罪悪感と死者の自由、その距離」・・・・・「貝に続く場所にて」 (石沢麻依、講談社、2021年)

わたしは3月11日の被害者ではない。友人に被災者はいるが、死者はいない。わたしは、ただ、というか、不遜にも、5月に仙台を訪問し、停電や水不足、初期の支援奔走を経験した友人の車で、あの道路の向こう側にまで案内していただいたものに過ぎない。 「仙台…

591  「モーセのこころ、イエスのこころ、中村哲さん」・・・「希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉」(中村哲、西日本新聞社、2020年)

著者はキリスト教プロテスタントの西南学院中学で洗礼を受けたという。しかし、彼はキリスト教を広めようとすることはまったくない。むしろ、イスラム教や人間の宗教心一般を尊重する。 それにもかかわらず、この本には、モーセも登場する旧約聖書の精神、ヴ…

590 「公平な分配と自己犠牲」・・・「ケノーシス: 大量消費時代と気候変動危機における祝福された生き方」(サリー・マクフェイグ、新教出版社、2020年)

誤読ノート590 「公平な分配と自己犠牲」 「ケノーシス: 大量消費時代と気候変動危機における祝福された生き方」(サリー・マクフェイグ、新教出版社、2020年) 370頁の大著だが、多くのことがらが記されているわけではない。地球環境を破壊する大量消費、そ…

589  「一神教は攻撃的ではなく、むしろ」 ・・・「一神教の起源 旧約聖書の『神』はどこから来たのか」(山我哲雄、筑摩選書、2013年)

旧約聖書は一神教である。たいていの人はそう思っているだろう。 しかし、著者は、旧約聖書学の最新成果を踏まえて、旧約聖書全体に一神教が完全に貫かれているわけではない、「唯一神的神観が最も集中的に見られるのは、イザヤ書四三-四六章である」(p.340…

588  「この世界の深みとは何か」・・・「神への誠実」(J.A.T. ロビンソン、日本基督教団出版局、1964年)

「イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった」(使徒言行録1:9) 聖書に書かれていることを一言一句事実であると信じる人びとでも、わたしたちがロケットに乗って雲より高く高く昇って行けば天に行ける、と考…

587 「ノロはなぜ女性だけなのか」・・・「彼岸花が咲く島」(李琴峰、文藝春秋、2021年)

その島では、男は祭司、神官にはなれない。歴史の語り部にもならない。いや、歴史そのものを知ることはできない。なぜか。それになろうとする少女と、それになろうとするが許されない少年。その理由は、巻末で一挙に明かされる。 東アジアのある国は、ある人…