2011-01-01から1年間の記事一覧

(33)「義と認められた」

6:9-11 6:11 あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。 パウロはコリントのある人々は「以前はそのような者」、つ…

(32)「不正を行う」

6:6-8 6:8ところが、それどころか、あなたがたは、不正を行なう、だまし取る、しかもそのようなことを兄弟に対してしているのです。 コリントの教会では分裂があり、不正やだましあいがあったようです。自分が性的な快楽を得るために隣人をモノのように扱う…

(31)「兄弟の間の争い」

6:1-5 6:5 私はあなたがたをはずかしめるためにこう言っているのです。いったい、あなたがたの中には、兄弟の間の争いを仲裁することのできるような賢い者が、ひとりもいないのですか。 コリントの教会の人々の間には、誰が正しい、誰の側につく、というよう…

(30)「貪欲な者」

5:11-13 5:11私が書いたことのほんとうの意味は、もし、兄弟と呼ばれる者で、しかも不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者がいたなら、そのような者とはつきあってはいけない、いっしょに食事をしてもいけない…

(29)「この世界」

5:9-10 5:10 それは、世の中の不品行な者、貪欲な者、略奪する者、偶像を礼拝する者と全然交際しないようにという意味ではありません。もしそうだとしたら、この世界から出て行かなければならないでしょう。 わたしたちの生きる世界には、他者を傷つけた…

(28)「パン種のないもの」

5:1-8 5:7新しい粉のかたまりのままでいるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたはパン種のないものだからです。私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。 ここで「パン種」は、周りに悪い影響を及ぼすもの、というような意味で…

(27)「ことばにはなく、力にある」

4:20-21 4:20神の国はことばにはなく、力にあるのです。 ここにある「ことば」とは、「思い上がっている人たちの、ことば」(19節)のことです。つまり、自分たちは正しい、賢い、キリストのことも良くわかっている、と傲慢になっている人々のことばのこと…

(26)「あなたがたに勧めます」 

4:16-19 4:16ですから、私はあなたがたに勧めます。どうか、私にならう者となってください。 わたしたちは何のために神さまを信じるのでしょうか。様々な思いがあると思いますが、その中には、「賢い者」(10節)や「強い」(同)者、「栄誉を持つ」者(…

(25)「はずかしめるためではなく」

4:14-15 4:14私がこう書くのは、あなたがたをはずかしめるためではなく、愛する私の子どもとして、さとすためです。 パウロはコリントの人々に痛烈な皮肉を述べています。たとえば、「あなたがたは・・・王さまになっています」(8節)と、彼らの傲慢を強く…

(24)「この世のちり」

4:12-13 4:12-13また、私たちは苦労して自分の手で働いています。はずかしめられるときにも祝福し、迫害されるときにも耐え忍び、 ののしられるときには、慰めのことばをかけます。今でも、私たちはこの世のちり、あらゆるもののかすです。 パウロたちは、十…

(23)「キリストのために愚かな者」

4:9-11 4:10私たちはキリストのために愚かな者ですが、あなたがたはキリストにあって賢い者です。私たちは弱いが、あなたがたは強いのです。あなたがたは栄誉を持っているが、私たちは卑しめられています。 わたしたちは、信仰を持っていることを自分の栄誉…

42  「罪人呼ばわりされる者、ではなく、悪人と」

「イエス その歴史的実像に迫る」(E. P. サンダース) イエスは罪人たちと親しく交わったと福音書にありますが、ぼくはこの「罪人」を「悪いことをした人、というよりも、貧しさなどのゆえに安息日規定などを守れず、世の中から罪人呼ばわりされている人び…

一コリント(22)「もらったもの」

4:6-8 4:7いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。 わたしたちは、自分が正しい、自分は優れていると思い、争い…

一コリント(21)「人間による判決」

4:1-5 4:3しかし、私にとっては、あなたがたによる判定、あるいは、およそ人間による判決を受けることは、非常に小さなことです。事実、私は自分で自分をさばくことさえしません。 わたしたちは、誰が偉いか偉くないか、自分は優秀か劣等か、と判断しがちで…

一コリント(21)「人間による判決」

4:1-5 4:3しかし、私にとっては、あなたがたによる判定、あるいは、およそ人間による判決を受けることは、非常に小さなことです。事実、私は自分で自分をさばくことさえしません。 わたしたちは、誰が偉いか偉くないか、自分は優秀か劣等か、と判断しがちで…

一コリント(21)「人間による判決」

4:1-5 4:3しかし、私にとっては、あなたがたによる判定、あるいは、およそ人間による判決を受けることは、非常に小さなことです。事実、私は自分で自分をさばくことさえしません。 わたしたちは、誰が偉いか偉くないか、自分は優秀か劣等か、と判断しがちで…

一コリント(20)「人間を誇ってはいけません」

3:21-23 3:21 ですから、だれも人間を誇ってはいけません。すべては、あなたがたのものです。 コリントの教会には争いがあり、ある人々はパウロを賞賛し自分たちは正しいと誇り、ある人々はアポロを持ち上げ自分たちこそ正しいと誇っていたようです。けれど…

41  「自分の宗教資源を手に、病者と向き合う」

「病院チャプレンによるスピリチュアルケア 宗教専門職の語りから学ぶ臨床実践」(柴田実先生、深谷美枝先生) 死が遠くなかったり、死に脅えたりする入院患者さんの前に立つ時、病院のチャプレンや同様の立場の者は、自分の信仰に対し禁欲的になり、それを…

(19)「神の神殿」

3:16-20 3:16-17あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。 もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。 パウロは、コリ…

(18)「火の中をくぐるようにして助かります」

3:12-15 3:13各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。 わたしたちは、すでに恵みとして据えられているキリストというたしかな土台の上に…

(17)「すでに据えられている土台」

3:9-113:11というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。 わたしたちがいろいろな経験を積み重ねたり成長したりすることを、家を建てることにたとえるならば、その家…

(16)「成長させてくださる神」

3:5-8 3:7それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。 わたしたちは、自分は自分の力で成長してきた、とおごってしまうことがあります。また、親や教師や牧師、指導者などによって成長させていただいた…

(15)「まだ肉に属している」

3:3-4 3:3あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。 コリントの教会の中には争いがありまし…

(14)「堅い食物」

3:1-2 3:2私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。 イエス・キリストの十字架こそがわたしたちの救いである、この恵みを得た者は、じつは、つぎに、その者も十…

40  「今度は奥田さんが来てくれるのでうれしいです」

「もう、ひとりにさせない」(奥田知志) 表題の言葉を読んで、ぼくは泣きました。「これまで刑務所を出る時、迎えに来た人はだれもいません。今度は奥田さんが来てくれるのでうれしいです」(p.45)。 キリスト教徒が「社会派」と「教会派」に分かれているよ…

39 「笑いとは、人間が作るしかないもの」

「ふかいことをおもしろく 創作の原点」井上ひさし この本に書かれていることのほとんどは、井上ひさしの読者なら「いろは」に属することの復習ですが、今から井上作品を読もうという人には良い入門書になるかもしれません。 しかしながら、つぎのような言葉…

(13)「御霊のことば」

2:12-16 2:13この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。 パウロは「御霊のことば」という表現を、ここではどのような意味で使っているのでしょう…

(12)「御霊によって」

2:9-11 2:10神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。 神さまの知恵は人間には計り知れないものです。人間の尺度とはまったく異なるものなのです。「神のみこころのことは、神の御霊…

38  「自分こそが元凶の一人という痛み」

論文「日本基督教団における沖縄教会観の起源とその変遷」(一色哲)(『キリスト教史学』第六一集抜刷 二〇〇七年七月十三日発行 キリスト教史学会) 1940年代以降、沖縄教区以外の日本基督教団は沖縄の教会をどのように観てきたのか、についての研究論…

(11)「隠された奥義」

2:6-8 2:7私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。 パウロは神さまに救われるためには人間の知恵が必要であるとは考えません。むしろ、人間の…