2013-10-01から1ヶ月間の記事一覧

142 「読まれなくても書き、返されなくても微笑みつづける勇気」

「切りとれ、あの祈る手を 〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話」(佐々木中、河出書房新社、2013年) やっぱり、文を書き続けよう。と、ぼくはこの本に励まされた。数冊の翻訳とわずかの雑誌記事以外に、ぼくの書いたものが本になったことはない。文に力が…

141 「被害者の中にいる加害者の暴露」

映画「ハンナ・アーレント」(マルガレーテ・フォン・トロッタ監督、2012年) 数百万のユダヤ人を強制収容所に送る指揮をしたナチス親衛隊員、アイヒマン。 この男の裁判傍聴と、それに基づく論考の執筆、それへの人々の反応に焦点をあてて、ハンナを描く。 …

140 「戦争と戦後民主主義をやさしく、ふかく、おもしろく書き重ねた小説家・劇作家」

「ひさし伝」(笹沢信、2012年、新潮社) 井上ひさしさんの盟友・丸谷才一さんによれば「プロレタリア文学を受け継ぐ最上の文学者は、井上ひさしにほかならない・・・この少年はあの戦争に対する反省と戦後民主主義によって育ちました。その志は一貫して、権…

139 「他者の子は、他人なのか」

映画「もうひとりの息子」 テルアビブのイスラエル人家庭と、ヨルダン川西岸地区のアラブ人家庭。それぞれの18歳になる息子が、新生児の時、病院で取り違えられてしまっていたことを知る。 つまり、イスラエル人家庭でイスラエル人として育てられたアラブ人…

138 「キリスト教巡礼映画にとどまらないためには」

映画「星の旅人たち」 (エミリオ・エステベス監督、マーティン・シーン主演) 世界放浪中の息子に死なれたアメリカ人男性眼科医肥満とドラッグで妻に距離を置かれているフランス人男性暴力夫に娘を奪われ、たばこをやめられないカナダ人女性言葉が出てこな…

137 「憲法前文の井上ひさし・いわさきちひろ訳」

「井上ひさしの 子どもにつたえる日本国憲法」 (文:井上ひさし、絵:いわさきちひろ、2006年、講談社) 日本国憲法の前文と9条を、ちひろさんが絵に、ひさしさんが詩にしてくれました。 もともと格調高い憲法前文ですが、この本では、詩と絵によって、新生…

136 「井上ひさしが子どもに(そして大人に)憲法を語る」

「『けんぽう』のおはなし」 (原案:井上ひさし、絵:武田美穂、構成:五十嵐千恵子、2011年、講談社) 井上ひさしさんが小学校高学年に数度にわたり話したことをもとに構成された絵本。 井上さんがいわば「歩く戦後民主主義」であることが良く伝わってきま…

136 「キリスト教の源流はひとつではない」

「ガリラヤとエルサレム 復活と顕現の場が示すもの」 (E. ローマイヤー著、辻学訳、2013年、日本キリスト教団出版局) イエスという人物に宗教的な意味と役割を与えたうえで中心に位置づける共同体を教会と呼ぶとすれば、二千年前の当初から、教会は一つで…

135 「作家・大友憤の生み出すブン」

音楽劇「それからのブンとフン」 (作:井上ひさし、演出:栗山民也、こまつ座&ホリプロ、天王洲・銀河劇場、2013年10月) 生きているうちに、一冊でいいから、自分で書いた本を出版してもらいたい、と願っている。この音楽劇を観た直後の今は、それが芝居…

3 「ぼくほどうまく演じられるやつはいない」

「あまちゃん」で 鈴鹿ひろ美が言っていた 「あなたは女優はだめね でも、天野あきを演じさせたら いちばん」 ぼくもだめだな あこがれの人々 うらやましい人々 になろうとしても こっちは まるで馬鹿すぎる けれども 林巌雄をやらせたら やっぱり ぼくが い…

2 「そんなに薄くはない でも、ぶちこわしたいなあ」

才能、能力の違いは否定できない。 誰もが努力をすればマー君になれるというわけではない マー君になることに比べればはるかに簡単なことだが それでも皆が一所懸命に勉強すれば東大に入れるわけでもない 一対一万、一対百 才能、能力の違いはたしかにある …

1 「ぼくの著者たちとは違う文知を目指す」

ぼくがまともな本と思う著者は皆ぼくよりかなり頭が良い。ぼくより多くの本を読みこなし、それを上手に引き出しながら思考しつつ良く書く高度な能力(これを情報処理能力と呼ぼう)を持っている。しかし、これもある基準から見ての優秀さであり、知というも…

134 「父にとってはモデル、息子にとっては女優となった裸婦」

映画「ルノワール 陽だまりの裸婦」 (2013年) ルノワールの屋敷は、自然公園のように広大で、光と緑にあふれ、まさに彼の絵の世界そのものでした。 この映画で知ったことをいくつか。 ルノワールの家には、モデルさんが何人か住み込んでいて、料理や洗濯、…

133 「暴力を暴露するための暴力的性描写はどうなのか」

映画「共喰い」 (田中慎弥原作、青山真治監督、2013年) 同名の芥川賞小説が原作。 映画からは、父殺し、暴力夫殺し、王殺し、女性/母親の発揮する、暴力断絶のためのすさまじい力と生命力、フェミニズム、というテーマがわかりやすく伝わってきました。 …

132 「仏に向かって脱皮し成長しつつ、自我を滅し他者のために」

「親鸞に学ぶ人生の生き方」 (信楽峻麿、法蔵館、2008年) 他力に傾倒する、その意味では信頼できる、仏教徒の知人からいただいた一冊。 著者は龍谷大の元学長。真宗学者。 けれども、書かれていることは、他力救済ではなく、自分自身の成長と他者に連帯す…

131 「生家の父は認知症、故郷は地震と津波」

「還れぬ家」 (佐伯一麦、新潮社、2013年) 私小説を執筆中に、舞台の故郷の地面が波打ち、ビルのような濁流に呑み込まれたら、作家はどうするでしょうか。 この小説は、認知症の父、介護にあたる母、妻、幼少期からの心的外傷を抱える「私」、そして、そう…