2020-01-01から1年間の記事一覧
黒人霊歌とブルースは、黒人が受け続けてきた差別、侮蔑、虐待、虐殺の経験に根差している。それにもかかわらず、抹殺、絶滅されない黒人の尊厳を支え、また、その尊厳から歌われている。 「わたしはイエスが来たりたもうときいっしょにもどろう/彼は今日は…
世界トップレベルの新約聖書学者の、比較的短い文章集。(全10巻と別巻からなる著作集はすでに岩波から刊行されている。) 本著には、荒井さんの研究成果である学問的なものに加えて、彼の信仰に基づくものや現代日本社会・正義・平和にかかわるもの、個人史…
イエスはたくさんの奇跡を起こしたと聖書は物語っている。しかし、カトリック信者の遠藤周作の描くイエスはそうではない。病人を癒すことはできない。ただ、世の中から見捨てられたその人びとの傍らにじっと寄り添った。それが奇跡だと言う。「おバカさん」…
入門書であろうと、十代向けであろうと、良い文章は、専門家にも、何歳の人にも、読み応えがある。本書もそのような一冊だ。 現在の学校教育では、学力テストで採点できることを教える。その意味で、それらはみな、「見える」ものだ。学校では、また、自分の…
著者によれば「釈迦の仏教」は「この世界の因果則は厳然たるものであって変えることはできない。だから、特別な努力をして自分の心のあり方のほうを変えよう。それによって生きる苦しみに打ち勝っていこう」(p.72)というものでした。 けれども、自分の力でそ…
神はどこにいるのでしょうか。 「あなたは自分の屋敷や土地の中に、莫大な宝が隠されているのがわかっていない。思い切って、道具を使い、土地を掘ってみなさい。そうすれば、宝物が見つかるでしょう」(p.21)。 これは本書で引用されている説話に出てくる言…
人から称賛され、自分も満足できる地位に就く。多くの財産を手に入れる。神谷美恵子さんや若松英輔さんが語る「生きがい」とは、そのようなものではありません。 この本を読んで、生きがいとはぼくの外とのつながりのこと、だと思いました。そして、ぼくの外…
須賀敦子さんの名前を初めて聴いたのは、十数年前、精神科医にして思想家とも言うべき中井久夫さんの本の中でだ。中井の絶賛につられて須賀のエッセイ集を読んでみたが、そのときの印象は、中井同様の類まれなる文章家にして教養人、というものだった。 今年…
二酸化炭素の排出を今よりもずっと抑えなければ、地球は温暖化し、人が生活するには非常に厳しい環境になってくる。それは、今世紀すでに進行しつつあり、貧しい国の人びと、貧しい人びとがまっさきに被害者になる。この人びとは前世紀からすでに富の収奪と…
驚くようなパワーハラスメントを長年にわたって受けながらも、いっぽうで雇用者側の虐待と不正と闘い、たほうで生徒たちの現在と未来を願い続けた教員たちがいることに深い感銘を受けました。どうじに、20年近く非常勤の高校講師をしながら、彼女たちの何十…
パンセとは「考え」という意味です。 パスカルは「考えることが人間の尊厳のすべて」と「パンセ」の中で述べています。 では、人間は何を考えるのでしょうか。人間は自分の不幸、そして、究極的には、自分がやがて死んでしまうということを考えますが、それ…
人が不幸になる――幸福になれない――のは、「情念」に支配されているからだとアランは言います。情念を制御するには「高邁の心」が必要ですが、これは傲慢にもならず卑下もせず自分を大事にする心のことです。「悲観主義は感情で、楽観主義は意志の力による」…
「あの人のしたあのことは赦せない」「あの人があんなことをしなければ、ぼくはこんなひどい目に遭うことはなかった」「ぼくは苦しい。あの人にあれだけは認めさせて謝らせるしかない」 こういう恨み言、復讐心、ニーチェの言葉ではルサンチマン、を持ちつづ…
哲学はやさしい。しかし、哲学は難しいと思われている。カタカナや漢字の抽象的な用語。用語と用語の間の複雑な結びつき。それらを述べる文章のわかりにくさ。 西田幾多郎「善の研究」も難読書と言われている。幾多郎の「幾」は幾何学を連想させるし、「善」…
小説の舞台は1930年代。ファシズムはポルトガルの一新聞記者をも見逃さなかった。 ファシズムは、さいしょは、姿を見せない。密かに忍び寄り、得体のしれない不気味さを漂わせるだけだ。 しかし、それは、ある日、姿を現す。知性のない、しかし、反論を許さ…
誤読ノート529 「こころは宇宙大」 「中井久夫との対話 ―生命、こころ、世界―」(村澤真保呂、村澤和多里、河出書房新社、2018年) 黒船などという想像を絶する正体不明のものが現れこれまでの社会の確実性がなくなり、その社会と自分の精神との結びつきも崩壊…
須賀敦子と言えば、イタリアに造詣の深いエッセイスト、小説家、翻訳家、といったイメージが強いのではなかろうか。 けれども、本書では、須賀の霊性がゆっくりと味わわれている。 須賀も、そして、著者の若松英輔さんも、キリスト教はカトリックに属する、…
全体主義は何百万人も殺した。それはその人たちがこれから展開するはずだった人生のさまざまな可能性を奪うことであった。 テクノロジーも同じ結果を招くかもしれない。たとえば、出生前検査によっては出生そのものが阻止されうるし、遺伝子操作によって親の…
まず、批判を二つ述べます。その一。「次世代への提言」というタイトルとそれに現れる姿勢が問題だと思います。主催者は、現世代から次世代に何かを伝えようとしています。しかし、成果も課題も、ある世代がつぎの世代に教えるのではなく、ある世代が自分た…
誤読ノート525 「仲直りではなく解放を、理解ではなく反省を」 「LGBTと聖書の福音」 (マーリン著、岡谷和作訳、いのちのことば社) 「在日韓国朝鮮人の気持ちや考えも、間違っていると決めつけずに、まず耳を傾けてみよう」などと訴える本があるのだろうか。…
わたしの弱さが力になる、というのではない。弱点が利点になるというのでもない。少なくとも、直接的にはそういう意味ではない。 若松英輔さんはつねに聖書を読む人だ。新約聖書の「コリントの信徒への手紙二12章」にこうある。「すると主は、『わたしの恵み…
主人公は「沖縄及島嶼資料館」の大量の収集物をスマホで撮影し、SDカードに収める。ある日、そこは閉じられることになる。そこで、彼女は、それらの膨大なデータを、宇宙、深海、地下シェルターに住む三人に送信する。何のために。 「かつて島に暮らす人たち…
主人公は「沖縄及島嶼資料館」の大量の収集物をスマホで撮影し、SDカードに収める。ある日、そこは閉じられることになる。そこで、彼女は、それらの膨大なデータを、宇宙、深海、地下シェルターに住む三人に送信する。何のために。 「かつて島に暮らす人たち…
批評家でありカトリック信者である若松英輔さんが教皇フランシスコの言葉を深く味わう。 「教皇は、アッシジの聖フランシスコが象徴するものとして、貧しさ、平和、被造物への畏敬がある、と語った。『貧しい人』たちと共にあること、真の意味における平和を…
ぼくは牧師です。精神科医ではありません。しかし、「臨床」という共通点があります。医師ではなかった賢治の名もここに並んでいるように。臨床とは床に臥すような苦しみにある人のかたわらに臨むことでしょうか。 言葉、態度、まなざしといった人間関係によ…
支配者は被支配者を獄に入れる。いや、支配することそのものが支配する相手を獄に入れることなのだ。黒人はすぐに獄にぶちこまれる。ストリートがすでに獄なのだ。 ボールドウィンは黒人であり同性愛者だ。それは、白人であり異性愛者であることや、日本人で…
聖書は、イエスは、誰にむかって、何を語っているのか。神学はそれを記述する想像作業であり、詩作である。コーンは言う、「神学は反理性的なのではなく、非理性的なのであって、理性的な議論を超越し、想像力でしか掴むことのできない現実の領域を指し示す…
本書は五部構成で五人の著者がいます。広告を目にしたとき、「え! この先生がこの手の本の執筆陣にいるとは、意外!」と勝手に思い、ぎゃくに、この先生ならではのユニークな内容に違いない!と確信し、読むことにしました。みごとに裏切られませんでした(^…
「教会にマネジメントなどという商業概念を持ち込むのは不適切あるいは不謹慎」と感じる人もいるかもしれませんが、本著には適切かつ真剣なことが述べられています。 まず、教会のリーダーに求められるのは、何でも自分でやることではなくて、むしろ、「人に…
小説や文学の目的は何なのでしょうか。小林多喜二の「蟹工船」を初めて読んだ頃の著者は、「『小説とは人の心の襞』を描くのが本領、というイデオロギーに浸っていた」(p.254)そうです。 ところが、著者はやがて「文学の自立とは文学が文学だけを目的とする…