(17)「すでに据えられている土台」

3:9-11

3:11というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。


 わたしたちがいろいろな経験を積み重ねたり成長したりすることを、家を建てることにたとえるならば、その家の基礎、つまり、土台は固い岩盤でなければなりません。そして、「その土台とはイエス・キリストです」とパウロは言います。わたしたちの信仰も、人生も、イエス・キリストという土台の上に築きあげられます。この土台は強固で不動のものなので、その上に建てられたわたしたちは風に揺れることはあっても、根から抜けて倒れてしまうことはないのです。パウロは、わたしたちのたしかな土台はキリスト以外にはないと言います。そして、この土台は今から努力して手に入れるものではなく、「すでに据えられている」と言います。つまり、「神の恵みによって」(10節)据えられているのです。キリストがわたしたちの人生と信仰の礎(いしずえ)となり、左右になびくわたしたちをつねに支えていてくださる、この恵みに心から感謝いたします。

(※雑誌「百万人の福音」(2008年9‐12月)に掲載されたものです。新改訳聖書から引用しています。)