まず、批判を二つ述べます。その一。「次世代への提言」というタイトルとそれに現れる姿勢が問題だと思います。主催者は、現世代から次世代に何かを伝えようとしています。しかし、成果も課題も、ある世代がつぎの世代に教えるのではなく、ある世代が自分たちで課題を設定し取り組もうとするのでなければなりません。その上で、他の世代に（前のでも後のでも）聞くべき点、ともに考えるべき点があれば、そうしたらよいのです。老兵は去り行くのみ。自分から新兵にいろいろ言ってはいけません。いや、老兵が新兵にいろいろ言う構図があるなら、そこは軍隊なみだ、とも言えそうです。
その二。講演者はトランスジェンダーではない男性ばかりと思われます。（偏見かもしれません。本人たちに確認しないで、こう書いています）。主催者は「神学生に提言のできる現世代」から講演者を選んだのかも知れませんが、そこには（おそらく）男性しかいないということには、主催者のみならず、日本のキリスト教界、日本社会の男性優位がそのまま現れていると思います。
そのような批判を持ちつつも、ぼくは楽しく読みました。荒井献さん、関田寛雄さん、青野太潮さん、並木浩一さんという、他の本ですでに良き教えをくれた人びとの、信仰人生と主たる学術成果のダイジェストが、講演録ゆえに話し言葉で読めるのですから。とくに、青野さんの講演などは青野聖書学の圧縮版とでも呼べるのではないでしょうか。
荒井献さん。敗戦から受洗。牧師である父。「罪と罰」との出会い（わりと普通なんですね）。東大での矢内原忠雄さんとのエピソード。八木誠一さん、佐竹明さんといった同級生、先輩後輩。ドイツでの学び。青山学院大学での退職勧告(田川建三さん、浅野順一さんも出講停止処分)。まぶね教会に転入。万博問題。信仰と新約学。
「イエスの福音は、宗教的にも社会的にもそれを受容する者に『脱植民地化』を促す射程を持っていた」（p.39）は、誰もが荒井さんらしいと思うでしょうが、「私にとって『信仰』とは、私を罪あるままに受け入れた、イエスの十字架上にあらわれた神の愛の受容であった」(p.27)は、意外に思う読者もいるかもしれませんね。
青野太潮さん。「聖書の素晴らしさはあるけれど、聖書以下のことを言っている聖書の部分もたくさんあるわけですね」(p.127)。たとえば、聖書の中には、女性蔑視の言葉がたくさんありますが、それは「聖書以下の部分」でありましょう。
「『十字架』が『罪の贖い』、つまり、『贖罪』として、すなわち、『贖罪論』と結合して語られる個所は、新約聖書の中にまったくないんですね」(p.129)。これなど、はじめて聞くと驚きます。パウロの手紙には、十字架と死と贖罪が出てくるではないか、と。しかし、青野さんや他の聖書学者たちによると、贖罪はイエスの死とは結び付いているけれども、イエスの十字架とは結び付いていない、パウロにおいては、十字架と死は区別しなくてはならないのです。
並木浩一さん。ICU大学紛争時の学長補佐としての並木さんの立場が述べられていますが、荒井さんのように追われたわけではなく、むしろ、立場的には反対だったので、ぼくにはよくわかりませんでした。ただし、教員であれ学生であれ当事者たちの「自分は正しい」という主張には自己相対化の要素がないと述べているようにも思えましたが、それは理解できます。
しかし、「世界の完成は『つぎつぎ』に成り行くという『生成』ではなく、一日一日がそれぞれの存在価値を持って独立していることを確認する言葉です」(p.207)とか、旧約においてときどき神が「われわれ」と言うのは「自己内対話」「人間を創造する意思決定における神の『熟慮』」(p.208)を意味するとかいったお話には、感動しました。
