誤読ノート

722 「福音書の言葉の奥底にある、読者の真実」 ・・・ 「新約聖書 福音書 2023年4月 (NHKテキスト)」(若松英輔、NHK出版、2023年)

本書のキーワードのひとつは「コトバ」でしょう。 「文字をなぞっているだけでは十分ではない。文字の奥に言葉を超えたもう一つの「コトバ」を感じなければならない」(p.7)。 「これから「コトバ」と書くときは、文字や声と言った言語には収まらない意味の顕…

721 「里山の新たな姿での回復に希望を」・・・ 「里山学講義」(村澤真保呂他、晃洋書房、2015年)

村澤さんの「中井久夫との対話」とか「都市を終わらせる」とか「福音と世界」に連載中の「霊性のエコロジー」とかがおもしろかったことがあり、また、広島の山地に移住した友人が開く「里山オイコス」というZOOM集会に参加していることもあって、本書を読む…

720 「神さえいない最悪の時に神がいるという逆説」・・・ 「どう読むか、新約聖書 福音の中心を求めて」(青野太潮、2020年、ヨベル新書)

著者によれば、イエスが提示した「福音の中心」とは、「逆説的な「さいわいなるかな」=「インマヌエルの原事実」の宣言と、神の「無条件で徹底的な愛とゆるし」」(p.138)です。 つまり、「インマヌエル」(神が私達と共にいること)と「無条件の愛」(善人…

719 「柄谷行人によるキリスト教新解釈」 ・・・ 「力と交換様式」(柄谷行人、2022年、岩波書店)

人や組織は互いにモノを交換する。しかし、そこには、平等な交換もあれば、不平等な交換もある。 著者は四つの交換様式を挙げる。「A 互酬(贈与と返礼) B 服従と保護(略奪と再分配) C 商品交換(貨幣と商品) D Aの高次元での回復」(p.1-2)。 ぼくがこれ…

718 「聖霊の働きをふり返り、聖霊とともに歩む」 ・・・ 「しばし立ち止まり、ふり返る: 人生の旅路と霊性」(太田和功一、あめんどう、2022)

この本の題の最後に「霊性」という言葉が出てきます。これはどういう意味でしょうか。 「私にとっての霊性は、イエス・キリストを救い主・主として信ずる者がその信仰に生きる生き方に現れるものであり、それは、聖霊によって生きること、聖霊に歩調を合わせ…

717 「『信ぜよ』と言われても信じなくてよい理由」 ・・・ 「〈真実〉のデッサンⅢ ややこしい話題」(武田定光、2022年、因速寺出版)

タイトルの真実にはなぜ〈 〉がついているのか。素描とも訳されるデッサンという語が使われているのはなぜか。なぜ「ややこしい」と形容するのか。 「人間は〈真実〉そのものを生きることはできない。〈真実〉に背いているという感触だけが〈真実〉を感じ取…

716 「詩が結ぶもの、断つもの」・・・ 「詩のきらめき」(池澤夏樹、2018年、岩波書店)

いくつものおもしろい詩が紹介され、それへのおもしろいコメントが記されている。 たとえば、 湯豆腐やいのちのはてのうすあかり(久保田万太郎) 「俳句は離れたもの同士を結んで感興を得る。人事と天象とか、生活の具体的一面と心の底の思いとか、ともかく…

715 「死は無い。なぜなら、死は無だから」 ・・・ 「死とは何か  さて死んだのは誰なのか」(池田晶子、2009年、毎日新聞社)

この本は「死とは何か」という問題の「正解」を述べているのではありません。むしろ、わたしたちにはそれはできないということを伝えているのです。 「なぜ、生きている人が死んでいることについて語ることができるのだろうか。なぜそれが本当のことだとわか…

713 「高齢まで生きる、ということが、現代宗教の前提となりうるのか」 ・・・ 「教養としての世界宗教史」(島田裕巳、2023年、宝島社)

宗教の起源、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、イラン宗教、バラモン教、仏教、ヒンドゥー教、中国の諸宗教、日本の諸宗教について、450頁に収められている。 それぞれの章の副題によれば、ユダヤ教の章は「一神教の源流」という観点から、キリスト教は「…

712 「父と子のコンプレックス」 ・・・ 「銀河鉄道の父」(門井慶喜、2020年、講談社文庫)

誤読ノート712 「父と子のコンプレックス」 「銀河鉄道の父」(門井慶喜、2020年、講談社文庫) 宮沢賢治の父親を主人公にした小説です。賢治の誕生から死までの、父子の距離の伸び縮みが描かれています。それには、いろいろな側面があり、読者の対人関係に…

711 「地球環境破壊は、傷害や殺人である」 ・・・ 「パイプライン爆破法   燃える地球でいかに闘うか」(アンドレアス・マルム、2021年、月曜社)

物騒な書名だ。けれども、著者は「財物破壊はイエス。しかし、人間への暴力にはノー」(p.225)と明言している。 不必要にCO2を排出する金持ちの高級車を動けなくする、パイプラインに穴を開ける、そうした財物破壊によって、社会や政治がCO2による殺人的地球…

710 「2023年2月、日本語で読める最良の神学概論」 ・・・ 「21世紀のキリスト教入門 一つの教会の豊かな信仰」(フスト・ゴンサレス、教文館、2022年)

「『キリスト教』入門」とありますが、『キリスト教神学』の入門書、神学初学者向けテキスト、神学の土台にもなりうる一冊です。 「教会の信仰の大枠、言い換えれば、教会の一致の土台を示しながら、さらに、その中で多様性を受け止めようという姿勢をゴンサ…

709 「貧者のケアは神の愛の現れ、キリスト教の中心」 ・・・ 「古代から中世へ」(ピーター・ブラウン、2006年、山川出版社)

キリスト教に関わる部分だけを抜き出してみましょう。 「後期ローマ社会における司教の傑出した地位は、貧者の守護者としてのその役割からくるものでした。この「貧者への愛」こそ、キリスト教文献史料が司教に期待する美徳でした」(p.27)。 けれども、これ…

707 「窓のむこうには空、こちらには影」・・・「まど・みちお詩集」(谷川俊太郎編、岩波文庫、2017)

浄土真宗のある住職が書く文章が深くて、何冊か読んできたが、その中で、何度か、まどみちおさんの名前が出てきた。「ぞうさん、ぞうさん、おはなが ながいのね」の、まどさんだ。 その理由は、谷川俊太郎さんの本書のあとがきにうかがえる。 「詩を書くとは…

706 「月や星、苦しみや悲しみは、ぼくらに委託している」 ・・・ 「晩祷 リルケを読む」(志村ふくみ、人文書院、2012)

志村ふくみさんは染織家です。その志村さんが詩人リルケの「時祷詩集」「マルテの手記」「ドゥイノの悲歌」を読む。ふたりの距離と重なり。それがこの一冊です。 志村さんはリルケに逆説を見ます。 リルケはうたいます。 「貧しさは内部からの大いなる輝き」…

705 「資本主義による社会と自然破壊を防ぐのは社会主義国家ではなく、貨幣や商品に頼らない自発的助け合い社会=アソシエーション」 ・・・ 「ゼロからの『資本論』」(斎藤幸平、NHK出版新書、2023)

資本主義は自然を破壊するとマルクスは考えていた。社会主義と形容される国家はコミュニズムではない。貨幣への依存という点でベーシックインカムにも問題がある。 本書からはこの三つ、その他のことを学びました。 「私たちの暮らしや社会、それを取り囲む…

704 「限りなく沈黙に近い詩集」・・・ 「虚空へ」(谷川俊太郎、新潮社、2021年)

「言葉数を少なくすることで、暗がりのなかで蛍火のように点滅する詩もあるかもしれない」「今の夥しい言葉の氾濫に対して、小さくてもいいから詩の杭を打ちたいという気持ちがあった」(p.198)。 詩人はあとがきにこのように記しています。 「言葉の氾濫」へ…

703 「人生とともに深まる精神、広がる宇宙」・・・「暮らしの哲学」(池田晶子、毎日新聞社、2007)

この書名にはどのような意味があるのでしょうか。毎日の生活にも哲学のヒントがある、ということでしょうか。そうかもしれませんが、暮らしというより「生きていること」そのものの哲学、つまり、わたしたち人間と世界の根本を考える哲学、というようにも思…

702 「カルト問題と自己のカルト化問題」・・・ 「徹底討論 ! 問われる宗教と“カルト”」(島薗進、釈徹宗、若松英輔、櫻井義秀、川島堅二、小原克博著、NHK出版新書、2023年)

NHKの討論番組を文字化したものとのことです。 まず、カルトとは何か、どういうもののことを言うのでしょうか。 「マイノリティ集団で、熱狂的な崇拝行為を実践している団体で、関わってしまうと違法行為や反社会的な行為に巻き込まれて、自分も不利益を被る…

701 「人間関係のカルト的要素とその克服要素」 ・・・ 「宗教2世」(荻上チキ編、太田出版、2022年)

櫻井義秀さん、鈴木エイトさん、横道誠さん、遠藤まめたさんら、この問題のリソースパーソンらへの、編者の荻上チキさんのインタヴュー、編者が所長を務める「社会調査支援機構チキラボ」のアンケート調査、分析、そこに寄せられた当事者の声などで、本書は…

700 「老いとともに育つ麦畑」・・・「老いと祝福」(石丸昌彦、日本キリスト教団出版局、2022年)

たとえば五十代、六十代の中には、自分の老いを感じ始め、それにどう向かい合っていくか考え始める、と同時に、たとえば七十代以上の親などのこともいつも頭にある、という人もいるのではないでしょうか。そういう方には読みごたえのある一冊だと思います。 …

699 「衰退する21世紀キリスト教再生のヒントになるか」・・・「古代末期の世界――ローマ帝国はなぜキリスト教化したか?」(ピーター・ブラウン、刀水書房、2006年)

古代末期のローマ帝国よりも、キリスト教はパレスチナを出でどのように地中海沿岸やヨーロッパに広がって行ったのか、どうして帝国の宗教となったのかに関心があり、手に取ってみました。 「キリスト教が普及した本当の理由は、キリスト教が悪魔の敗北を確か…

698 「誠実な牧師の数十年、その風景の数々」・・・「ある牧師の眼 その視線の先にあるもの」(栗原茂、リトン、2022年)

三十年近く前、ぼくは教会での牧師職を失い、家族と生きるために、ホテルでの「キリスト教式」の結婚式の仕事をすることになった。栗原先生が紹介してくださったのだ。 式場に向かう車をいちど停め、先生は祈ってくださった。その仕事がうまく行きますように…

697「音でも文字でもなく、ことばを」・・・ 「小説をめぐって (井上ひさし 発掘エッセイ・セレクション)」(井上ひさし、2020年、岩波書店)

井上ひさしさんは2010年に亡くなった。それから12年。この本は未発表のエッセイを没後10年にまとめたもの。ひさしさんの本はたいてい読んできたが、このように、ぼくにとって新しい文章をいまだに読めることはとてもうれしい。 「この天つちに 溢れることば …

696「初期キリスト教世界と著者の思想は?」 ・・・「初期キリスト教の世界」(松本宣郎、新教出版社、2022年)

イエスの言動やその意味を探求したり、旧約聖書の中にイスラエルの神学思想史を追ったり、そういう書物はおもしろい。ストーリーがあるからだ。 けれども、この本にはそれが欠ける。人が何を考えて何をしたのかが描かれていない。1世紀から4世紀までのキリス…

695「都市と農村、の二元論を終わらせる」 ・・・ 「都市を終わらせる―「人新世」時代の精神、社会、自然」(村澤真保呂、ナカニシヤ出版、2021年)

広島の山地に移住して農業に取り組んでいる友人らと「農の神学研究会」を立ち上げた。といっても、数人のZOOM会議である。 その寄り合いで「農の神学」とは何か、「農」とは何か、とあれこれ言っているのだが、これまた「農」に関わる知人から、本書を紹介さ…

694「会衆ではなくキリストに説教する」 ・・・ 「「死」観の解体」(武田定光、因速寺出版、2022年)

著者の武田さんは浄土真宗の住職なのですが、この方の書いていることは、一宗教、一宗派の特徴というよりも、言ってみれば、宗教そのものというか、世界そのものであると思います。 だから、この本は「「宗教」観の解体」と言ってもよいでしょう。「宗教」の…

693「国家の抑圧と資本の搾取を克服する山人の思想」 ・・・ 「遊動論 柳田国男と山人」(柄谷行人、文春新書、2014年)

著者の最新刊(たぶん)「力と交換様式」を読んでいたら、本書の名前が出てきて、ぼくは、「柳田国男と山人」という言葉に飛びつきました。とくに「山人」に。 というのは、30年以上前、田舎の実家で民俗学の本を読んでいたら柳田の山人という概念が出てきて…

691 「社会的なこととはどのようなことなのか」・・・「命題コレクション  社会学 」(作田啓一/井上俊編、ちくま学芸文庫、2011年)

「一つの性が一つの集合体として、他方の性からの不利な取り扱いを余儀なくされているのは人類のみである」(「文化としての性差(M・ミード)」、井上眞理子)。 これは、性の二分法に基づいた言い方だから、「ある性が一つの集合体として、他の性から不利な…

690  「わたしは詩情を呼び覚まし、人間は詩の一語を刻まねばならない」・・・ 「詩集 美しいとき」(若松英輔、亜紀書房、2022年)

「私は わたしに/生まれたのだから/必死になって わたしに/ならなくてはならない」(「私がわたしに出会う旅」、p.6)。 「私」と「わたし」はどう違うのだろうか。 「優れた/人材になる前に/まず/人間に/ならねばならない」(「禁忌」、p.89)。 「人…