717 「『信ぜよ』と言われても信じなくてよい理由」 ・・・ 「〈真実〉のデッサンⅢ ややこしい話題」(武田定光、2022年、因速寺出版)

 タイトルの真実にはなぜ〈 〉がついているのか。素描とも訳されるデッサンという語が使われているのはなぜか。なぜ「ややこしい」と形容するのか。

 

「人間は〈真実〉そのものを生きることはできない。〈真実〉に背いているという感触だけが〈真実〉を感じ取らせる」(p.3)。

 

 人間は〈真実〉そのものを生きることができなければ、描写することもできない。真実と書くこともできない。〈 〉をつけるしかない。素描、デッサンするしかないのだ。真実など、言い表すことも、つかむこともできない。神という言葉も、仮にそう呼んでいるだけで、それが指そうとしているものを、人間には表現できないように。

 

 「こちらから〈真実〉に接近しようとするベクトルが捨てられ、全宇宙がすでにして〈真実〉を表現していたことに目覚めたのだ。「行」のベクトルは「いかにして」という欲求だが、「願」はそれを「すでにして」包んでいるベクトルで、「行」の欲求を解体する」(p.38)。

 

 〈真実〉は私が目指すものではない。したがって、〈真実〉には「いかにして」「どうやって」到達するのか、ということは、問題にならない。答えを求めるのではない。答えはここにある。わたしたちが〈真実〉というゴールに行くのではない。〈真実〉が今ここのわたしというゴールにすでに到達しているのだ。

 

 ところが、これが一筋縄では行かないものでもある。

 

 「「さあこれから」と言えば、「もう済んでいる」と応答される。「もう済んでいるのか」と言えば、「まだ始まってもいない」と応答される。いずれにしても、人間には永遠に信心をつかませないようにできているのだ。つかんだものは腐るから、つかませないようにして、いつでも鮮度の良い〈真・宗〉を与え続けようとする阿弥陀さんの大いなるご親切なのだ」(p.42)。

 

 38頁の「すでにして」もこのようにひっくり返されるのだろう。かくして、真実は、「いまだ~ない」という範疇でも「すでに~している」でも、把握することはできない。

 

 これをこれほど否定的ではなく言えば、「親鸞の直感したところから言えば、目的地に達したときに出発点が見出されるのだ。つまり、浄土に往生したからこそ、浄土を目指すという方向性が与えられるのだ。もうすでに浄土に達しているのだ。達しているから、浄土が目的になるのだ」(p.205)。「絶対の満足があるから、永遠に求め続けられるのだ」(p.208)。

 

 わたしたちはすでに救われている。すでに救われているから、救いを目指すのだ。

 

 「人間は〈真実〉の世界を生きることはできない。「恣意的現実」しか生きることはできない。でもそれを「恣意的」だと教えられることで〈真実〉を直感させる」(p79)。

 

 わたしたちは〈真実〉ではなく、自分の脳が恣意的に構成しているものを「現実」だと思っているに過ぎない。しかし、それが「恣意的」だと教えられることで、「恣意的」でない、〈真実〉がある、と直感する。しかし、それはカンにすぎない。だから、デッサン、素描なのだ。

 

 さいごに、この本でもっとも大きな発見は以下のことである。ここに出てくる「南無」とは、「おまかせ」のことだが、少しややこしい。

 

 「阿弥陀さんが私たちを救う方法は、私に「南無せよ」と命じることだが、その命令を聞いて私が「南無する」ものになるのではないということだ・・・「南無」は何かを期待し、何かに依頼する「おまかせ」ではない。「おまかせ」する対象がなくなった状態を「おまかせ」と言うのだ。なぜなら「阿弥陀仏」が「南無する」対象であることをやめて「南無」そのものになった・・・「おまかせせよ」という命令を聞いて「おまかせ」できる存在になって救われるのではない。「おまかせせよ」という命令に悦服するのだ」(p.31-32)。

 

 神は私に「神に委ねよ」と言う。しかし、私がこれに答えて神に委ねたら救われるのではない。あえて言えば、「神に委ねよ」という命令そのものに委ねるのだ。いや、私がその命令に委ねるというより、その命令が「委ねる」「おまかせ」そのものであり、そこに「身を置く」、いや、そこに「身が置かれている」のだ。

 

「「信ぜよ」が「信ぜよ」のままに私に成り立つのが「信」だ」(p.54)。「「信ぜよ」は、その発想の根拠が自分ではなくなることだ」(p.55)。

 

 「信ぜよ」「はい、信じます」だと自分の発想になってしまう。「信ぜよ」という〈真実〉の命令そのものが、〈真実〉と私が二分されない「信」を構成している。私はすでにそこに置かれている。だから、そこを目指す。

 

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