誤読ノート

861 「光州は拷問を受け、被曝した」・・・ 「少年が来る」(ハン・ガン、CUON、2016年)

韓国のノーベル賞作家が1980年の光州「事件」を書いた。1980年、二十歳のぼくは、報じられているはずの光州事件にまったく関心を持っていなかった。「事件」後も、ずっと、語り継がれ、論じられていたはずだが、無視していた。のちに、光州の友人を訪ね、大…

860 「学者ではなく教育者が教育者を教育する」 ・・・ 「信じる力」(齋藤孝、2025年、女子パウロ会)

意外な人がクリスチャンだったりするので、カトリックの雑誌で、本書の広告を見たときも、え! この人も、もしかしてクリスチャン?と思って、取り寄せてみましたが、そういうこ とではないようです。けれども、大事だと思われることも、何点か見いだされ、…

859 「あんぱんとおむすびの意外な関係」 ・・・ 「アンパンマンの遺書」(やなせたかし、2013年、岩波現代文庫)

朝ドラでは、不評だった「おむすび」が終わって、新しく始まった「あんぱん」が期待されています。そんなことで、この本を読むことにしました。やなせさんは「東京高等工芸学校」で学びました。「大正十二年九月一日の関東大地震を境にして、時代は急激に右…

858 「みずみずしく聖書を読む」・・・「傷によって共に生きる 弱くてやさしい牧師の説教集」(北口紗弥香、2024年、ヨベル)

本書に出てくる、北口さんの聖書の読み方のいくつかは、わたしにとって、とても新鮮でした。 たとえば、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」(ヨハネ20:25)…

857 「使い捨て文化から、ケア文化へ。すべてはつながっている」 ・・・ 「見よ、それはきわめてよかった――総合的なエコロジーへの招き」(著:日本カトリック司教団、出版:カトリック中央協議会、2024年)

地球という「いのちの共同体」は極めて深刻な危機を迎えています。動物、植物が滅びつつあり、水、空気、物質などの循環が機能しなくなりつつあります。これに対して、学問や政治、NGOなどの立場から、すでにさまざまな取り組みが積み重ねられていますが、キ…

856 「今の常識にとらわれない読みと書きを」 ・・・ 「クィアな新約聖書 クィア理論とホモソーシャリティ理論による新約聖書の読解」(小林昭博、2023年、風塵社)

「クィア」そして「クィア理論」とはどういうことでしょうか。 著者の小林昭博さんによれば・・・ 「「クィア」(queer)とは「正常」の反対を意味し、特に同性愛者やトランスジェンダーといった「性的少数者」(sexual minorities)を日本語の「変態」と同じよ…

855 「しなやかに、聖書を読み、人生を観る」 ・・・ 「おそれない――暗闇と孤独に届けることば」(佐原光児、2025年、ヘウレーカ)

この本を読んで、著者の佐原さんはたしかにイエスの弟子だな、と思いました。 「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける」…

854 「観念から実践思想へ」 ・・・ 「聖書における和解の思想」(左近豊編、日本キリスト教団出版局、2025年)

ウォルター・ブルッゲマンさん、河野克也さん、浅野淳博さん、辻学さん、大宮謙さんらの、「聖書における和解」をめぐる魅力的な論考に触れることができました。現代の世界状況において、「分断と紛争における「和解」はどのようになしとげられるでしょうか…

853 「パウロと宗教改革を乗り越える」 ・・・ 「ボンヘッファー 反ナチ抵抗者の生涯と思想」(宮田光雄、2019年、岩波現代文庫)

ボンヘッファー自身の著作は「共に生きる生活」と「現代信仰問答」しか読んだことがなかったのですが、このたび「倫理」の新訳が出たので、これも読み始めました。 けれども、ボンヘッファーについてほとんど学んでこなかったので、宮田光雄先生の本著も並行…

852 「祈りはどこから生まれるのか」・・・「能の祈り 隅田川(理不尽な「今」を生きる哲学1)」(齋藤かおる、2025年)

「理不尽な「今」を生きる」とはどういうことでしょうか。理不尽な「今」に否応なくある、その「今」に身を置く、その「今」に抗う、その「今」を思索する、そして、その「今」に祈る・・・いや、こういう言葉はすべて誤読でありましょう。著者がいのちをけ…

851 「差別とは何か、何が差別か」・・・ 「講座 差別の社会学2 日本社会の差別構造」(栗原彬編、弘文堂、1996年)

最近、差別を巡る本を続けて読んでいますが、その中で、本書で栗原彬さんが使っている「まなざし」という表現が引用されていたので、それをより詳しく知りたいと思い、本書を求めました。「まなざし」という言葉を通して、差別の根の部分にちかづけることを…

850 「論理や情報ではなく、人格、信頼、全体像を」 ・・・ 「キリスト教の信じ方・伝え方 弁証学入門」(A. E. マクグラス、教文館、2024年)

わたしが牧師を務める教会に来る人が増えることを願っています。 聖書を通して「御言葉」である神さまと出会うことで、愛そのものである愛を知り、根本の支えが与えられ、礼拝、祈り、賛美、聖書によって深く喜び、その人のライフ(生命、生活、人生、いのち…

849 「私は差別者、と認めることから始まる」 ・・・ 「差別原論 〈わたし〉のなかの権力とつきあう」(好井裕明、2007年、平凡社新書)

高校などで非常勤講師を長年務めてきましたが、専任教員から軽視されている、数に入れられていない、と感じることはしばしばありました。また、ある集団で外様ゆえに周縁部にいますが、そこでも、本流からは疎外されており、不利益を受けて来たというか、そ…

847 「小説は差別を乗り越えられるか」 ・・・ 「破戒」(島崎藤村、新潮文庫、1954)

差別の実態と克服を考える本をいくつか読んでいますが、その中で、この「破戒」が紹介されていました。じつは、これまで読んだことはなく、破戒僧の出てくる話かと思っていました。たしかに、破戒僧のような和尚が出てきますが、題の第一義は、「父の戒めを…

845 「無償の愛への応答は、いのちか死か、神か偶像か」 ・・・ 「いのちの神」(グスタヴォ・グティエレス、2001年、新教出版社)

著者グティエレス神父は2024年に天に帰りました。彼は中南米発の「解放の神学」を担ったひとりです。これは、権力者、支配者によって人びとが殺され抑圧され貧困を余儀なくされる諸国家において、神はこの人びとをそこから解放することを論じる神学のことで…

844 「善いことを自分でしてはならない」 ・・・ 「善き力 ボンヘッファーを描き出す12章」(イルゼ・テート著、岡野彩子訳、新教出版社、2024年)

「右の手をしていることを左の手に知らせてはならない」(マタイ6:3)イエスのこの言葉をボンヘッファーはこう解釈する。 「キリストの善、つまり服従による善は、知らずに起こる。真の愛の業は常に自分に隠されたものである。真の愛の業は自分に隠されたもの…

842 「精神医学とキリスト教信仰の結び目」 「不安と孤独の処方箋 病の教訓、聖書のヒント」(石丸昌彦、日本キリスト教団出版局、2024年)

石丸医師の著書をわたしが読むのは、「老いと祝福」についで二冊目だと思いますが、今回も、多くの示唆をいただき、また、おおいに共感でき、慰めの読書となりました。 この本に記されていることで、わたしにとって大事に思えたことがらを、引用、もしくは言…

841 「精神のあり方を、大学ではなく、人類に位置付ける」・・・「新版 分裂病と人類」(中井久夫、2013年、東京大学出版会)

「分裂病」が「統合失調症」と言い換えられて久しいし、その言い換えの意味にわたしも強く賛同しますが、ここでは、本書からの引用などでは「分裂病」をそのまま用います。第一章は「分裂病と人類」、第三章は「西欧精神医学背景史」とあるように、本書は「…

誤読ノート840 「とんでもない話から、そうだよねの話まで」 ・・・ 「キリストを伝えるための核心とヒント: 信徒宣教者の手引き (ネラン神父遺稿集 2)」(ジョルジュ・ネラン、2024年、フリープレス)

歌舞伎町でバーを営んだ神父ということで、キリスト教を柔軟にとらえ、それに基づく柔軟な宣教のあり方を期待して、読むことにしました。 教会の形式についてはたしかに柔軟ですが、「キリスト教こそが正しい」と言わんばかりの硬直した考えが本書の最初の部…

838 「偏見に気づき、区別に貴賤を持ち込まない」 ・・・ 「他者を感じる社会学 差別から考える」(好井裕明、ちくまプリマ―新書、2020年)

わたしたちは、どういうふうにして、差別発言、差別行動を起こすのでしょうか。どういうふうにして、人を見下す思考や感情が生じるのでしょうか。5歳の子どもの入学を小学校が認めないのは、差別ではなく区別である、と一般には考えられるでしょう。しかし、…

837 「終末とは破局のことではなく」・・・ 「宗教と終末論」(川中仁編、2024年、LITHON)

上智大学の聖書講座の2023年のテーマは「宗教と終末論」で、その講演をもとに、本書には、大貫隆さんの「神の国はあなたがたの〈内面に〉」、福嶋陽さんの「破局の中の希望」、遠藤勝信さんの「創造と終末」が収められています。大貫さんの論考はルカ17:21…

835 「自我に執着しつつ、そこから解放されている」 ・・・ 「NHK宗教の時間 柳宗悦 美は人間を救いうるのか 下」(若松英輔、2024年、NHK出版)

書名に「美は人間を救いうるのか」という問いがありますが、若松さんは「美とは壮麗な事物に宿る装いのようなものではなく、すべてのものを美しくするような根源的なはたらきの呼び名だと柳は信じている」(p.76)と記しています。 美が「すべてのもの」の「根…

誤読ノート834 「積み重なる差別を自覚しなければ」 ・・・ 「差別する人の研究 変容する部落差別と現代のレイシズム」(阿久澤麻里子、2023年、旬報社)

「ヘイトスピーチ」では「在日特権」を「批判」する。ほんとうは「在日特権」などはないし、ヘイトスピーチは「批判」ではなく「誹謗」であるが。ヘイトスピーカーは、著者によれば、「差別の撤廃と人権の実現を求め、声をあげるマイノリティの行為じたいを…

833 「心の宇宙と緑の世界をケアする」 ・・・ 「異界の歩き方――ガタリ・中井久夫・当事者研究」(村澤和多里、村澤真保呂、2024、医学書院)

以前よりは緑が多い地域に(と言っても政令指定都市内だが)五年前に転居してから、ぼくは、ちょっとした木立などを意識的に散歩するようにしてきた。手頃に「自然」に触れようというわけだ。同時期、子どもが家を出て、一人暮らしを始めた。そして、ぼくが…

832 「聖書は隠喩」 ・・・「メタファーとしての譬え 福音書中の譬え・譬え話の聖書学的考察」(原口尚彰、2024年、リトン)

イエスの譬えや譬え話は、どのように言い表されるだろうか。著者の案内によれば・・・ イエスの譬えはユダヤ的文学伝統に根ざす(ブルトマン)。 史的イエスの譬え話の中心主題は神の支配、喜ばしい救いの時の到来である(エレミアス)。 イエスの譬えには「…

831 「見えるものと見えないもの、そこにかかる橋」 ・・・ 「NHK宗教の時間 柳宗悦 美は人間を救いうるのか 上 (1)」(若松英輔、2024年、NHK出版)

柳宗悦は「美術評論家、宗教哲学者、思想家」と評されますが、これら三つの顔を持っていたのではありません。柳にとって、美の前に立つことと、世界の根源なるものに触れることと、ものを思うことは、ひとつのことなのです。 朝鮮民族美術館や日本民芸館での…

830 「セクシュアリティをめぐるキリスト教界の議論の大まかな流れ」・・・「現代エキュメニカル運動史: ジェンダー正義の視点から読み解く」(藤原佐和子、2024年、新教出版社)

本書は、WCC(世界キリスト教協議会)関連の文書を中心に、セクシュアリティをめぐる議論の大まかな流れを示しています。人間社会では「性は男性と女性に二分され、異性愛が『正常』であり、それ以外のセクシュアリティ(たとえば、中性、トランスジェンダー…

829 「哲学や入門も不要ではないだろうが・・・」・・・「差別の哲学入門」(池田喬、 堀田義太郎、2021年、アルパカ)

差別とは何でしょうか。著者は、性別や人種に基づいて人々の間に区別をつけることと、試験の得点やくじ引きやジャンケンで区別することは、どこか違う、と言います。「差別とは、人々の間に何らかの特徴に基づいて区別をつけ、その一方にのみ不利益を与える…

828 「イザヤは21世紀の日本と世界でどのように預言するでしょうか」 ・・・ 「イザヤ書を読もう 上 ここに私がおります」(大島力、2024年、日本キリスト教団出版局)

ぼくたちは、イザヤ書ってだいたいどんなことが書かれているのか、知りたいと、なんとなく憧れているのですが、本書で大島先生はそれをとてもわかりやすく述べてくださっています。 ところで、聖書の中心メッセージは、インマヌエル(神は私達と共にいる)、…

827 「若松さんが読み、書く。ぼくがそれを読み、書く」・・・「探していたのはどこにでもある小さな一つの言葉だった」(若松英輔、2024年、亜紀書房)

「読むと書く」。若松さんの公式ホームページはこう名付けられている。 本書でも、「読むと書く」が、書かれ、読まれる。 ぼくの生活も、本を読み、書くことである。読んだ本の「誤読ノート」を書く。 もうひとつは、聖書を読み、そこから人に語ることを書く…