136 「井上ひさしが子どもに(そして大人に)憲法を語る」

「『けんぽう』のおはなし」 (原案:井上ひさし、絵:武田美穂、構成:五十嵐千恵子、2011年、講談社

 井上ひさしさんが小学校高学年に数度にわたり話したことをもとに構成された絵本。

 井上さんがいわば「歩く戦後民主主義」であることが良く伝わってきます。ぼくが小学校四年から六年の時の担任、春子先生から聞いたことともかなり重なります。

 少年時代に戦争があって、鍋の蓋で頭を押さえられているような感じがずっとあったこと、アジアの二千万人のいのちを奪ったこと、戦争が終わり、暗い空が青空にぱーっと変わったこと。

 戦争は恐ろしく悲しいことを起こすだけで、いいことなどないことを思い知り、日本人は憲法をつくったこと。そこには、国や社会のために人を犠牲にすることをやめて、「個人を尊重しよう」と決められていること。憲法は国や政府が守らなければならないきまりであること。

総理大臣や国会議員はべつにえらいのではなく、わたしたちの「かわりの人」であって、いやならしたがわなくてもいいこと。多数決がいつもあてにできるわけではないこと。

 戦争と武器を棄てる日本が国を守るためには、世界の苦しんでいる人たちの役立つことをして、信頼され、認められ、大切に思ってもらうこと。

 あとがきでは、大江健三郎さんが、子どもの時から出会った人の中で、井上さんが一番楽しい話し手のひとりだったことを述べています。この本の登場者や読者である子どもたちにとってもそうでしょう。同時に、井上さん、大江さんらに導かれた「九条の会」が日本の良心的知性の象徴であり、その知性が認める日本国憲法だということも思わされました。

 残念な点がひとつ。日本人は外国籍を取得することも可能なので、日本人であることは、この憲法を持つ国の籍をあえて選んでいるとも言えるということを指摘しているのは良いのですが、冒頭で小学生に「みなさんは、日本人ですよね。自分のどんなところが、日本人らしいと思いますか」と尋ねているところは気になりました。これは、この憲法こそが日本らしい、というところへ導こうとしているのですが、教室には、日本国籍以外の子どももたくさんいます。それから「日本がいやなら、よその国にいって、外国人になることもできるんです」という言葉にもひっかかりました。「そんなに日本が嫌なら出て行け」と外国人を排斥してきた歴史があるからです。これは、井上さんの問題なのか、構成の問題なのかは、わかりません。このすばらしい憲法を持つ日本人であることと、憲法そのものを日本人は選択しているというメッセージではあるのですが。

 外国人住民にも喜ばれる日本国憲法であり続けてほしいと思います。

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