140 「戦争と戦後民主主義をやさしく、ふかく、おもしろく書き重ねた小説家・劇作家」

「ひさし伝」(笹沢信、2012年、新潮社) 

 井上ひさしさんの盟友・丸谷才一さんによれば「プロレタリア文学を受け継ぐ最上の文学者は、井上ひさしにほかならない・・・この少年はあの戦争に対する反省と戦後民主主義によって育ちました。その志は一貫して、権力に対する反逆であり・・・弱い者の味方である・・・」ということです。

 明治や江戸を舞台にした優れた作品もいくつもあるけれども、やはり、ひさしさんは、戦争の反省と戦後民主主義を、小説と戯曲にしたのだと思いました。

 ひさしさんは、戯曲は趣向がほぼすべてで、思想などは最後にこっそりと顔を出せば良い、と言っていますが、ご立派だったり、押し付けだったり、気取ったり、難解だったりしがちな、けれどもじつはふかい思想を、やさしく、おもしろい趣向で表現することに成功した作家と言えるでしょう。

 「ひさし伝」というからには、ひさしさんがどういう人物であったかが気になりますが、丸谷さんの上の評のほかに、阿刀田高さんは「井上さんは褒め上手のひとだった。お世辞を言うのとはちがう。対象となるものの長所をいち早く見つけ出し、一番褒めてほしいところを、みごとなタイミングで褒めるのだ」と評しています。これは、樋口一葉太宰治吉野作造林芙美子チェーホフなどの評伝劇にも言えるかもしれません。この場合は、長所を褒める、というより、その人物の勘所を見事に押さえ、それでいて、多層的にふかくおもしろく、驚くべき、巧みな趣向によって描くのですが。

 この本に出て来る井上さん自身の言葉をあげますと、たとえば、宮沢賢治の評伝劇「イーハトーボの劇列車」の前口上の中で、(科学と宗教)「このふたつのものの中間に、文学がありました」とありました。井上さんは文学においても「遅筆堂文庫」設置などの東北での文化活動においても、まさに賢治の後継者であり、しかし、賢治とは違い、科学者でもなく、宗教者でもなく、その中間の文学者の道を歩んだのだと思います。

 もうひとつ、ひさしさんの言葉。「我々の仕事は、作家も詩人も全てそうですが、平凡な1日を特別な1日にしていくことなんです」。たしかに、井上さんの本があり、演劇があることで、ぼくはこれまで特別な日を何日も過ごすことができました。また、井上さんは、世の中の平凡な日々のなかにある特別性を描き出してくれました。

 丸谷さんの言葉をヒントに、ぼくは、井上さんを「戦争と戦後民主主義をやさしく、ふかく、おもしろく書き重ねた小説家・劇作家」と評してみましょう。

 ぼくは、昭和40年代に小学校を過ごし、6年6組の春子先生に、日本が中国でしたこと、その日本が主権在民基本的人権の尊重、戦争放棄憲法を持ったことを、心の奥深くに刻み込んでいただきました。井上さんは、日本住民にとっての春子先生ではないでしょうか。

 本著は、後半は作品の引用や解説に終始していますが、前半は、誕生前から作家デビューあたりまでの井上さんの人生をていねいに描いています。

 井上ひさしの作品便覧としても、かつて読んだけれども忘れてしまった本の復習としても、また、作家というものの生涯の一例としても、楽しめることでしょう。