638「じつに聖書はヒップホップでした」 ・・・「アーバンソウルズ」(オサジェフォ・ウフル・セイクウ著、山下壮起訳、2022年、新教出版社)

 社会構造によって、警察、軍隊を含む政治の暴力によって、ライフ(いのち、生命、人生、生活)を踏みにじられている人びとがつねに存在します。そして、そこからのリベレーションの行動や文化活動、思想活動がつねになされています。後者はつねにアップデイトされていきます。本書はそれをヴィヴィッドに伝えています。

 「公民権運動世代とヒップホップ世代の明らかな断絶」((p.21)。

 これは、キング、コーン、マルカムXは読んだけれどもヒップホップはほとんど知らないわたしと、ヒップホップを知っている、あるいは、キングらも知っている人びととの相違でもあるでしょう。


 そして、断絶はマテリアルでもあります。

 「公民権法によってわずかなアフリカ系アメリカ人中産階級が経済的安定を手にする一方で、多くのアフリカ系アメリカ人は低収入労働者層に分類され、複雑な貧困の網に絡め取られ続けた」(p.39)。

 

 「もし黒人教会が21世紀においても必要とされ続けたいのであれば、ヒップホップ、若者たちのアクティヴィズム、さらには若者たち自身との関係を熟慮しなければならない」(p.26)。

 

 これは、日本の教会にも当てはまることでしょう。そして、一部の教会、キリスト教メディアが試みたり、促したりしていることでしょう。

 「普通なら触れることのない配線を交差させるのが、最も効果的な批評の方法なのではないか。すなわち、よく知られた古典(テキスト、著者、思想)を取り上げ、それを「マイナー」な著者、文書、概念装置の視点を通してショートさせるように読むことである」(p.27)。

 

 「解放の神学」と呼ばれた諸神学はかつて、聖書というよく知られた古典を抑圧された人びとの視点で読み直しました。ヒップホップのすべてが、聖書から歌詞へ、というルートをたどっているのではないと思いますが、結果的に、その歌詞が聖書の再読、再解釈になっているのではないでしょうか。

 

 著者によれば、本書は「ヒップホップ・ミュージックにおける神学的・宗教的モメントに光を当てることによって、この世代の霊的感性を讃えるもの」(p.28)であり、「①若者たちは神学的行為者(エージェント)である。②ヒップホップは隠された霊性を宿している。③ヒップホップ世代の教会批判を一方的に持ち上げるべきではないが、それは正当なものである」(p.29)。

 これを読み、わたしは、ラテンアメリカの解放の神学のキリスト教基礎共同体(ベイシック・クリスチャン・コミュニティ・・・原語はブラジル語かスペイン語だと思いますが)を想い起し、①民衆が神学の主体である。②民衆が神学用語を使わずに自由に語るなかで聖書を生活に即した新しく視点で読む。③この共同体による既存教会批判は正当なものである。と再確認しました。

 

 「教会が階級意識を強め、教会に行かない世代に敵対するようになるにつれて、音楽の空間は教会のオルタナティブとして霊的な表現や探求の場となった」(p.75)。

 

 的外れかもしれませんが、安保法制反対のために国会前で何度も開かれた集会、SEALDsのリードによる集会を思い出しました。あの場も霊的な場でした。

 「教会のような「若者たちに見捨てられた」空間に代わって、ダンスフロア、校庭、歩道、ジープ、高級車、あるいは逆にぼろぼろの車が世俗における神聖な場となる。そこではDJ、MC、ラッパーたちが大祭司なのだ。これらの男女の大祭司はレコードや金属製の祭壇(ステージ)の上で、異議申し立てをする都市の抵抗者(プロテスタント)たち――霊的な居場所を奪われ、近年のアメリカの悲喜劇的な現実を滲ませた若者たち――のためにぶっといビートと詩的な生贄を献げるのだ」(p.76)。

 

 教会は「若者たちに見捨てられないような空間」を目指すよりは、教会を見捨てた若者たちの近くに行って、邪魔をしないように、しかし、保護者面をしないように、謙虚に、いや、驕らないように、ビートと詩にのるのがよいのではないでしょうか。

 著者の「セイクウは公共空間、経済、雇用、教育、医療、警察、交通インフラなどをひとつひとつ取り上げ、都市に生きる黒人の若者たちがいかにアメリカから見捨てられてきたかを浮き彫りにする。同時に、都市の現実から生じたヒップホップには、そこから再生する預言の力が秘められていることを論じるのだ」(p.134)という訳者の言葉が、本書のダイジェストのひとつになっているかもしれません。

 本書の翻訳テキストだけでなく、本の作り(カバー、表紙、ページ番号など)もまた、ヒップホップ、そして、その霊性を伝えているように感じました。

 

 なお、訳者の山下さんには、すでに「ヒップホップ・レザレクション」という著作があります。それとあわせて読むと、本書を一層深く味わうことができることでしょう。

 

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