「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」(ヨハネによる福音書1:1)。
この「言（ことば）」と訳されたもともとのギリシャ語はロゴスという単語で、「言葉、理性、世界の根本原理」というような意味だそうですが、本書の訳者の阿部さんはこれを「神さまのおもい」という、とてもわかりやすく、やさしい日本語にしています。
その阿部さんが本書の著者である教皇フランシスコについて、訳者後書きでこのように述べています。
「もしかしたら、教皇フランシスコは、「神が『いつくしみ病』にかかってしまっている、という言い回しを世界の人々に示すためだけにインタビューに応じたのかもしれないと訳者に勘ぐらせるほどに、この言い回しは独自の感性に支えられている」(p.239)。
フランシスコがインタビューに答える形式になっている本書は、このような教皇の独自の感性の言い回しに満ちています。
それは、「家庭の言葉」「おばあさんの言葉」「家族としての親密な語りかけ」(p.53)のような言い回しです。これは、聖書のことを人びとに語るときには、きわめて大切なことだと思います。
そうした言い回しを本書からいくつかピックアップしてみましょう。
「信仰とは、正確には、「愛のうちに生きること」です」(p.20)。
これと関連して、「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」（コリントの信徒への手紙一13:13）に基づいて、教皇は、父なる神、御子イエス・キリスト「を信じます＝望みます=愛します」とも述べています。
教皇は、キリスト教が伝えるものを「人間を求めて旅立つ神の姿」(p.55)とも言い表しています。
あるいは、「受肉」という神学用語を「相手そのものに成りきるほどの融合」「神と人間とのあいだが一つにつながった」（p.56）と説いています。あるいは、聖書が繰り返し述べていることは「主は近くにおられる」(同)ということだと。
キリスト教徒のあいだでも「聖霊」はわかりにくいと言われることがよくありますが、本書では「御父と御子を結びつける絆」「御父の言葉をわたしたちに聞かせるお方」「聖霊はまた、ご自分を徹底的にへりくだらせる働きを特徴とし、下降し、文字どおり「従順」（相手の意向を汲んでふるまうこと）を貫きます。聖霊はたまものをあたえる神聖なる存在であるとともに、教会共同体を成長させるための息吹です」（p.74）と、ていねいにやさしく述べられています。（「従順」の説明もわかりやすいです）。
さらには、聖霊は「神の優しさをわたしたちに伝えてくださる寛容なお方です。もしも聖霊がいらっしゃらなければ、キリスト者の生活は擦り切れ、すべてを一つに結びつける絆としての尊い愛までも奪われてしまうことになりかねません。もし聖霊がいらっしゃらなければ、イエスは過去の人物のままですが、聖霊がいらっしゃれば、イエスは今日も生きているお方としてわたしたちに実感されるのです。もし聖霊がいらっしゃらなければ、聖書はもはや用済みの紙くずになり下がりますが、聖霊がいらっしゃれば、とたんにいのちの言葉に様変わりします。もし聖霊がいらっしゃらない場合、キリスト教は、喜びのない道徳主義になり下がります。まさに、聖霊のいらっしゃるキリスト教こそが、いのちの充実を味わう道となるのです」(p.89)というように、本書では、家族の会話のような言葉で聖霊が説かれています。
また、教会では「聖徒」という言葉が使われ、「いや、わたしは聖人のように立派ではありません」という反応がよくあるのですが、本書では、「聖徒」は、「主イエスを信じ、洗礼を受けることによって教会共同体に組み込まれている人々のことを指しています」（p.120）というように、個人が立派な人格であるということではなく、洗礼という神の救いのわざと教会共同体とのつながりにおいて語られています。
教皇フランシスコのこのような言い回しの感性は聖書そのものに由来しているのでしょう。
「わたしたちは、聖書のみ言葉の中に、神ご自身の愛の大きさについての数多くの表現を見つけることができます。それは、まるで、その言葉のどれかがあなたの心に届くようにと必死に望んで、言葉の到達点を確かめるために、神が、なんとか手ごたえを実感しようとして試行錯誤しているかのようなものです」(p,43)。
神さまを宣べ伝える者の手本あるいは師は神さまご自身なのです。
