「希望の地図 3・11から始まる物語」(重松清、2015年、幻冬舎)
安易な希望や復興キャンペーンではない。「『希望』だけでは被災地を語れないし、『絶望』だけでも語れない」(p.259)。
「『その気持ち、わかるよ』とは、もちろん言えない。けれど、わからないままでいるのもたまらなく申し訳ない」(p.92)。
重松小説では、ある言葉や行動、あるいは、考えや気持ちが述べられたあとに、但し書き、あるいは、ためらい、保留、別面が、付け加えられることが目立つ。そこに、現実味と親近感を覚える。
言い切らない。けれども、あいまいなのでも、いい加減なのでもない。よく観、よく聴いている。だからこそ、一言で片づけたり、同じ観察をただ繰り返したりはしないのだ。
本書にもそれがよく現われている。いや、重松さんのその文体こそが、被災地について何かを語るのにふさわしい。
もう四年、まだ四年。東京の人間が決めてはならない。
「顔も名前も浮かばない人たちの死を、いったいどうやって悲しめばいいのだろう」(p.20)。不謹慎でも無関心でも投げやりでもあきらめでもない。誠実なのだ。
「想像力だぞ、大事なのは」(p.26)。けれども、「想像って、意外と難しいだろ」「でも、もうちょっとがんばって想像してみろ」と、すぐに補う。想像できるでもない。想像できないでもない。どっちでもないのでもない。
ところで、希望とは何か。「希望についてかたるときにはとことんまで愚直でありたい。僕の考える希望の最も根本的な定義は『生き延びるための底力』」「希望とは目的地ではなく、歩くことそのものの中にあるのだ」(p.71)。
けれども、これは、2011年の重松さんの文。2015年の文庫本あとがきには「『希望』という言葉は、こんなにも擦り減らされ、疑われ、色褪せて、時として欺瞞や偽善や選挙活動の小道具にまで貶められてしまった」(p.271)と書き足すことも忘れない。
「震災はまだつづいている・・・・・・何年たっても、途中経過の『次回につづく』としか言えない」(p.283)。
けれども、この言葉こそ、希望だと思う。被災地、いや、被災した人びとや被災後に生まれたり、育ったりする人びとの言葉を、生活を、気持ちを、生を、何かの言葉で、ためらいなく言い切ったりなどせずに、聞き続け、ためらいを持ちながら、それを少し語ることにこそ、希望がある。断定したり、まとめてしまったり、安全宣言、終息宣言を出したりしたら、それこそ、希望はなくなってしまう。
「次回につづく」としか言えないことにこそ、希望がある。