「ルワンダの祈り 内戦を生きのびた家族の物語」（後藤健二、2008年、汐文社）
後藤健二さんがお亡くなりになった、というのが事実だとしても、後藤さんはひとりで旅だったのではない、取材で出会った人びとの家族、空爆やジェノサイドで殺された家族が、後藤さんを迎えにきたことだろう。この本を読んで、そう思いました。
80万人が殺され、その家族が散り散りに逃げ、家や故郷を失うことになったルワンダのジェノサイド。殺戮は終わっても、殺した者と殺された者が同じ社会に生きるという困難な課題がつづきます。
後藤さん自身も、銃を突きつけられたり、（これはいよいよ終わりかも・・・）と思ったりするような経験をします。
けれども、彼の目的は、「冒険」（危険を冒すこと）そのものにではなく、ルワンダの孤児や家族を失った女性たちのことを知り、知らせることにありました。孤児50万人、既婚女性の三分の一が夫を殺された、という証言を伝えています。「わたしの目をまっすぐに見すえるアルフォンシンさんの目は、（ここにいるあなたには伝える責任があるのよ！）とうったえています」(p.45)。
後藤さんはこのうったえに応えます。「わたしは、ルワンダの人たちはだれもが心に深い傷を負っていることを、あらためて強く実感しました」(p.76)。「情報」ではなく「実感」なのです。「単に昔の話を聞くのとはまったく違います。母親と子どもたちの心に、どこまでも深く暗く刻まれた傷にふれようとしているのです」(p.80)。「わたしは、自分自身も、その暗い闇の中に引きずりこまれていく感じがしました」(p.76)。
後藤さんはつねに自分を、非難ではなく、批判します。生き残った家族にこんな質問を軽々しくすべきではなかった、と。質問がまだ残っていても、相手が限界だと察知したら、「これで質問はすべてです」と、心を配ります。目の前で語ってくれている人びとへの誠実さがにじみでています。「わたしは彼らに話を聞くことを心に決めてはいたものの、（必ずつらい思いをさせてしまう）と思ってためらっていました」(p.80)。
夫を殺された女性は息子に言います。「わたしたちを襲った犯人たちは、たとえ直接被害を受けた本人がいなくても、今生きているその人の子どもや親戚にあやまって、ゆるしてもらわなければいけないわ」(p.73-74)。「神さまはたとえ悪い人でも、敵であっても、ゆるしてくださいと言われたらゆるしなさい、と言っているのよ。難しいことかも知れないけれど、わたしたちもそう考えて生きていかなければならないの」(p.73)。
後藤さんは書きます。「だからといって、その相手を〈ゆるす〉ことはできないかもしれない。いや、わたしはきっとできない」「自分は生かされている気がついた時に、初めて考えるだろう―この国で出会った人たちのように、相手を〈ゆるす努力〉をしてみよう、と」(p.111-112)。
なぜ、ゆるすのか。女性は言います。「でもね、ケンジさん、生活は続くんです。たとえ、ひどくつらい想いを抱えながらでも、ほら、時にはわらうことだってあるでしょう。他の人とも語り合い、ふつうに仕事をして、買い物をしたり、子どもとお出かけしたり、家族でお祝い事をしたり、ね。一方で、殺された自分の家族を思い出す時間がある。母が殺された。兄弟たちは殺された・・・こういう経験をわたしたちは思い出すことなしに、素通りしていくことはできません」(p.95)。「生き残ったわたしたちの責任は、幸せに暮らすこと。せっかく子どもたちと生き残ったんです。いつまでも泣いていないで、生きなければ」(p.96)。ゆるしは、生きるための資源でもあるのです。
後藤さんは現実の人間をしっかり見、しっかり聞きました。けれども、それだけでなく、もうひとつの現実も見ています。
女性の息子は言います。「わたしの心の中では、父が死んだとは思っていないんです・・・顔は覚えていない。覚えていないように感じるけど、ここに来ると確かに父がいる、父の存在を感じるんです」(p.100)。
後藤さんは貧しい女性たちが作って現金収入の手段にしている作品の中から、40センチの木彫りの女性像を買います。「頭に布をかぶり、ほんの少しだけ猫背の姿勢で首を垂れています。両手を胸のあたりで合わせて十字架を持って祈る姿は・・・」(p.115)。
「わたしを支えてきてくれたたくさんの人たちのおかげでもあります。ある人は、慕われて愛されながら『死んでいく』姿をもって、わたしをおぼれかけていた真っ黒な海から引き上げてくれました」(p.118)。
ぼくもこの人を知っています。
