科学はいつの時代にもどの場所でもあてはまる法則や答えを示していると思われている。たとえば、1＋1は、いつでも、どこでも、2である。水素と酸素を適切な方法や環境で化合すれば水が生成する。
けれども、医学はかならずしもそうではない。ガンなどに顕著なように、同じ治療法でも治る時と治らない時がある。精神医学もそうである。
西欧精神医学も普遍的とは限らない。（普遍を名乗らない）「文化精神医学」には「西欧精神医学の普遍性の再確認」と「「西欧的自我」なき民における現象形態の発見」という使命がある、と中井さんは言う（p.4）。
西欧精神医学は世界のどこでも通じるというわけではない、ということだ。その人の属する文化やその人個人向けの治療法がある。
「「理性によって啓蒙された」ヨーロッパ世界には存在しない「精神医学の風土病」・・・「文化依存症候群」」(p.5)。
「「普遍症候群」とは何であろうか。ヨーロッパにおいて一九世紀末にほぼ完成したクレペリーンの精神病体系に代表される引照枠を以て、病める精神についてさえ、その西欧的現象形態を普遍的であるとするのは、ヨーロッパ的自我を普遍的自我の判例とすることと同じように、ヨーロッパ的偏向ではなかろうかとの疑問が起こる」(p.27)。
中井さんは、普遍症候群、文化依存症候群、さらには、個人症候群という考えを持つ。
今目の前で苦しんでいる人を、何かの枠や型（だけ）ではなく、個人として見るのだ。
「いかに巧妙かつ安全に個人症候群に対処しようとするか・・・二〇世紀の合衆国においては精神分析医はしばしば牧師の代役をつとめてきた」(p.94)。
けれども、牧師はこの精神分析医に倣うべきだ、と思った。ぼくも牧師だ。
「精神療法は、自己主張や自己顕示、いずれにせよ自分を突出させることとは程遠いもので、私の経験では、比較的順調な場合、自分は一つの虚点となり、依存しているのかどうかさえ分からなくなるが、しかしふしぎに不安がないという状態である」(p.67)。
精神療法家のみならず牧師も「ぼくはぼくは」と言わないことがぼくには好ましい。
「治療者の一挙手一投足、たとえば初診の際の医師の自己紹介の態度に治療的（あるいは反治療的）意味があって」(p.189)。
牧師は治療者ではないが救いを求めている人を迎える点は治療者と共通している。その際、初対面の自己紹介の態度が救いを求めて来た人に大きな意味をもたらすことは十分にありうることを覚えておくべきだろう。
中井さんは、牧師と大きな関係があるイエスについても述べている。
「「足を洗うこと」と「ひとびとの試みにあいつつ土に字を書く」「手をふれる」この三つには、ふつうあまり考えられていない意味があるのではないか」(p.196)。
「足を洗うということは、身体の最重要なセンサーの集中している部分の煤払いをすることであるかもしれない」(p.199)。
けれども、これは、牧師にはできそうもない。
「地面に字を書くことは・・・これは、問いかけに対決するのでもなく、屈従するのでもない、第三の姿勢である。聴くという態度を端的に示しつつ、問いかけるものをおのずと再考と鎮静に導く行為でありうる」(p.199)。
これは、ちょっと、できるかもしれない。
「精神科医の自己陶酔ははっきり有害であり、また精神科医を高しとする患者は医者ばなれできず、結局、かけがえのない生涯を医者の顔を見て送ると不幸から逃れることができない、と私は思う」(p.206)。
牧師の顔を見て生涯を過ごすことが不幸かどうかはわからないが、牧師の自己陶酔ははっきり有害で、そんな牧師の顔を見て生涯を過ごすことはやはり不幸でしょう。
「治療とはそれぞれのために心をこめて、その人だけの一品料理をつくろうとすることである」(p.228)。
「治療」を「宣教」「牧会」としてもその通りである。一匹の羊を探すとはこのことであろう。
精神療法家が目の前の人の苦しみに「個人的症候群」を見るように、牧師は目の前の人の個人的牧会をこころしなければならない。
牧師は、普遍的な教義や、教派神学、普遍的な聖書理解、あるいは、自分の考えにこだわらず、目の前の個人にとってのキリスト教、信仰、聖書の読み方を大事にしなければならない、と反省した。
