(15) 「どんなに深く長く苦しんでもかならず喜びがやってくる」

 大学を終えて一年目。小出版社に就職しましたが、ワンマン社長に怒鳴られまくること数か月。ついに怒鳴り返し、即退社。新聞求人欄で見て、小新聞社に応募。筆記試験は通り、面接。ポストに結果が届くのを待つこと、千年のような一週間。やっとこさ放り込まれた封筒を急いで破り開けてみましたが、「不採用」。つぎは、中堅出版社。以下、同文。

 そのうち、体調を崩し、東京での一人暮らしが無理になり、九州の親元に帰り、半年、ごろごろして過ごします。病名のつかないこの体調不良はナニゴトかと思い、本をぱらぱらめくると、自律神経失調症という言葉を見つけました。旧帝大医学部に専門医がいると聞き、電車に乗って受診。「自律神経失調症と健康の境界線上ですね」とのことでした。

 このままではぼくの人生どうにもならないと、半年後、神学校に入学。三年間、またお勉強。その間も境界線から健康へ大きく引き返したわけではないけれども、なんとか卒業。牧師になりましたが、数年後、また辞めることになります。

 こんどは土日の結婚式のバイトでぎりぎり食いつなぎますが、週日はほとんど家にこもっていました。不調の時は、本や新聞の文字も読めず、テレビやビデオも味気なく、来る日も来る日も身の置き場がありませんでした。

 どこかの教会でまた牧師になれないかと漠然とは思っていましたが、音沙汰はありません。子どもが生まれます。一度にふたりも。そこに就職話が舞い込みますが、そこも一年で解雇。また、出口のなさそうな浪人生活を始めたところに、奇跡のように今の仕事のお話しをいただいて、これは14年目になりました。

 南アフリカネルソン・マンデラさんは46歳の時に刑務所に入れられました。終身刑です。けれども、アパルトヘイト廃止をじつに粘り強く求め続けた人びとの努力の結果、26年後72才で解放。まもなく大統領になります。白人優位社会でどうしても止めさせられないように思えた黒人差別政策も43年ぶりに廃止されました。

 越えられないと思われていたベルリンの壁も28年後に崩されましたし、90年続いたハンセン病患者を差別する法律も、100年続いたアイヌの人びとを差別する法律も、ついには廃止されました。

 聖書を読みますと、イエスは弟子たちに言います。あなたたちは人々から苦しめられるだろうと。憎まれるだろうと。理解されないだろうと。なぜなら、師匠であるイエス自身がすでにずっと強く苦しめられているのだからと。

 けれども、これが結論ではありません。イエスが弟子たちにもっとも伝えたかったのは、たとえどんなに深く、どんなに長く苦しんでも、出口がまったく見えなくても、かならず、神の助けが来る、その苦しみが喜びに変わる日がまちがいなくやって来るということだったのです。それは、たしかに歴史が、証ししているのではないでしょうか。