88 「聖書の登場人物と風景の詩的表現」

旧約聖書物語 上・下」(ウォルター・デ・ラ・メア著、阿部知二訳、岩波少年文庫、2012年)
 
 旧約聖書の前半は歴史物語のスタイルをとっていますが、登場人物の複雑で多彩な心理や、その舞台となる自然や建物には、ほとんど触れられていません。

 本著は、これを補うかのように、禁断の果実のことで葛藤するアダムとエバ、神に繰り返し問いかけ耳を傾けるアブラハム、家族の問題を抱えつつドラマチックに生きるヨセフ、神から託された使命と背く民との間で悩むモーセ、最初の王サムエルとその王を任命し解任する預言者サムエルらの心理を、詩人である著者の創造力を駆使して、ゆたかに描いています。

 また、これらの人物が生きたパレスチナやエジプトの山河、太陽、風なども、きわめて詩的に表現されています。

 筋の展開よりも、こうしたことに筆が割かれているので、じっくり読みたい人におすすめです。

 少年文庫ですが、大人にも、あるいは、聖書をすでにかなり知っている人にも、読み応えのある一作です。