858 「みずみずしく聖書を読む」・・・「傷によって共に生きる 弱くてやさしい牧師の説教集」(北口紗弥香、2024年、ヨベル)

本書に出てくる、北口さんの聖書の読み方のいくつかは、わたしにとって、とても新鮮でした。


たとえば、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」(ヨハネ20:25)というトマスの言葉を読んで、北口さんはこう述べます。

「ただ「わたしも会いたい」ではなく、ここまでの切迫した表現に私は、トマスのそれだけの切実さ、「わたしも傷を負ったイエスと再会したい」という切望、そして「主を見て喜んだ」(20節)という他の弟子たちへの「うらやましい」という思いを見るような気がします。トマスの「自分自身の目で確かめ、そして出会わなければ、その喜びの中に加わることはできないという思い」を感じ取れるように思います。やはり、トマスもその喜びの中に入り、他の弟子たちとともにその喜びを分かち合いたかったのではないでしょうか」(p.26)。

この聖書の箇所からは、トマスの不信仰が読まれ、トマスが釘跡を見たいと言うのも、復活したという人物が死んだイエスと同一である「証拠」を求めてのことと理解されることが一般的だと思われます。

ところが、北口さんは、トマスはイエスと再会する喜びを求めていたのではないか、釘跡はイエスが傷を負ったものであることを示す、と言うのです。

北口さんはさらに、「私は「なぜ、よみがえられたイエスのみ体には傷が残っていたのだろうか」と不思議に思います。神が全能なら、また人知を越える奇跡を起こされるかたなら、傷跡など残さず消してよみがえられてもよかっただろうに、と」(p.27)と言います。

そして、この問いにこう答えています。「わたしたち誰もが傷を負っているのです。そしてその傷は、よみがえられたイエスに傷が残っているように、癒えても残り続けます。誰もが生きる中で傷を負い、残る傷がある点で、わたしたちは兄弟姉妹であり、家族であります」(p.31)。

たとえば、「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」(ルカ10:39-42)について、北口さんの理解は以下のようなものです。

すなわち、イエスは深い傷を抱えていて話を聴いてほしかったのではないか、そのような話を聴くことは、マルタのようにもてなしのためにせわしく立ち働くことより楽なことではない、イエスは自分の「思いに寄り添い、真剣に耳を傾けてくれているマリアのあり方を本当にありがたく感じていると思うのです。率直な心情というものは、聴いているものにとって耳障りなこともよくあります。そこに寄り添っていくのは本来並大抵なことではありません。「ただ話をきいていただけ」と簡単には言えないのです」(p.103)。

北口さんも「話を聴こう」「寄り添おう」として来られたからそれが並大抵なことではないと言われるのではないでしょうか。

北口さんは神を「無力」だと言います。

エスは「最後には世の権力者に嫌われ、十字架刑という大変苦痛を伴う、そして忌み嫌われる刑罰でむごたらしく殺されてしまいます・・・イエスも踏めば簡単につぶされざるを得ない弱く小さくされた人だと言わざるをえません。そのイエスを神は復活させるのです。その神もまた、十字架からイエスを救うことのできない無力な神でした。その無力な神はイエスを復活させることによって、イエスの言葉、振る舞い、生き方すべてを肯定したのでした」(p.117)。

エスが十字架につけられることを回避させたり、十字架につけられ苦しんでいるところから救い出したり、そういうことはできない、という意味で神は無力、となのではないでしょうか。

しかし、人から傷つけられ踏みつぶされた弱いイエスのすべてを肯定した、という意味では、神は無力ではない、のではないでしょうか。復活とは、弱く苦しみ死んでいく者のすべてを神が受け入れる、肯定するということではないでしょうか。

わたしたちの人生においても、苦しみが魔法のようになくなることはないという意味では神は無力ですが、苦しむわたしたちのすべては否定されているのではなく神によって肯定されているという意味では、神はわたしたちを復活させる力あるお方なのです。


たとえば、「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった・・・そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、人は言った。「ついに、これこそ/わたしの骨の骨/わたしの肉の肉。これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう/まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」」(創世記2:7、22-23)。

これを読んで北口さんはこう述べています。

「これは男から女が作られたという物語ではなく、土くれである人間から男と女をわけた話です。人間から人間を造った話とも言えるかもしれません。「人間」を助けるものは「人間」から造られたのです」(p.145)

これは、性別二分法に賛成しない人びとからは異論が出るでしょう。しかし、創世記の物語を、男から女が創られたのではなく、人間から人間が創られた、とする北口さんの読み方は新鮮です。「男から女が創られたのではなく、人間からあらゆるセクシュアリティの人間が創られた」ということでしょうか。

「この物語では、人と人との関係こそが神から贈られた「助け」であり「救い」だと示しているように読めるのです」(p.146)。

この読みはおもしろいと思いました。聖書では「人を愛することは神を愛すること」という考えが貫かれていますが、ここでは、人と愛し合うことは神から愛されること、というように深められているのではないでしょうか。

北口さんの罪の理解も新鮮です。

 

「イエスを見て信じないということは、生き方が変わらないということではないでしょうか?」(p.176)。

「大事なのはイエスの声を聴くことであって、神を信じて自分の置かれているところから一歩でも神を愛し、人を愛し、自分を変えようとすることではないでしょうか。もう特定の属性や考え方によって、神の救いから離れているとか、救われてないとか、神から離れていることを言われる時代ではありません」(p.178)。

「罪というものが現代のキリスト教にあるとするなら、それは自分の生き方を神と照らして変えようとすることを怠り、神と人への愛を実践しようとしないことだと思います」(p.179)。


私などは、罪とは思いが自分の方ばかりに向いて神と人に向かないこと、などと言ってしまいますが、たしかに、「自分の生き方を神と照らして変えようとしない」「神と人への愛を実践しようとしない」ことを罪とする考え方は、とても大事だと思いました。生き方を変える、神と人への愛を実践することこそがキリスト教信仰の本質ですね。

たとえば、最後の晩餐の福音書の記事についての北口さんの理解は、わたしの考えたこともないものでした。

「ユダの裏切りの記事、そして裏切り告発の記事は、このように最後の晩餐の記事の中に内包されているということは大変興味深いことだと思います。裏切りが告発され、呪いの言葉まで聞かされることになったユダも、最後の晩餐の席に着いています・・・「わたしの体」「わたしの血」と言われた最初のパン割きの場面にもっとイスカリオテのユダはいたのでしょう。呪いの言葉を聞かされることになったユダも、既に赦されているということではないでしょうか。聖餐とは何かということを考えさせられる記事でもあります。イエスを死に渡すことになった一番の張本人もついている食卓が最後の晩餐であり、最初の聖餐でありました。そうであれば、もうその食卓にはだれもが招かれている食卓ではないか、聖餐というのはだれもが招かれるべき食卓であるということは言えるのではないかと思います。既にだれもが赦されている食卓でもあるとも言えます」(p.202)。

ユダは裏切ることを知られていたにも関わらず席にいることを許された。このことに最後の晩餐=「最初の聖餐」の意味を見出す北口さんの読みに感銘を受けました。

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