今年出た「1945年に生まれて──池澤夏樹 語る自伝」を読んで、「ぼくはあと何年生きるかわからないが、できれば、死ぬまでに池澤の小説を全部読もう」と思い立ち、「まずはこれ」ということで読んでみました。
これまでに「また会う日まで」「カデナ」「双頭の船」「アトミック・ボックス」「砂浜に坐り込んだ船」「キトラ・ボックス」を読んでいましたが、「スティル・ライフ」と、いっしょに収められている「ヤー・チャイカ」は、短編であり、ストーリー展開があまりなく、会話劇、心理描写劇のような印象を受けました。
しかし、今読め始めた「マシアス・ギリの失脚」の冒頭の海と島の描写もそうですが、池澤さんは詩人なのですね。文章が詩です。美しいです。
「雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを載せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた。ぼくはその世界の真ん中に置かれた岩に坐っていた。岩が昇り、海の全部が、膨大な量の水のすべてが、波一つ立てずに昇り、それを見るぼくが昇っている。雪はその限りない上昇の指標でしかなかった」(p.32)。
宮沢賢治の「よだかの星」の「夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらいにしか見えません。よだかはのぼってのぼって行きました」を思い出しました。
驚いたことに、解説は須賀敦子さんでした。ああ、須賀さんが解説を書くくらいですから、池澤さんは須賀さんに通じる世界を持っておられるのでしょう。
さらに驚いたことに、須賀さんも「スティル・ライフ」から「雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を・・・雪はその限りない上昇の指標でしかなかった」を引用していたのです。
須賀さんいわく「文学と科学が、まったく別々のものとして考えられるようになったのは、そう遠いことではない」(p.210)、「そんな中で、池澤夏樹の作品の世界は、なんといえばよいのだろうか、この分断された世界の傷口を閉じ、地球と、地球に棲むものたちへの想いをあたため、究極の和解の可能性を暗示するかのようである」(p.211)。
「私は現代の日本がこのように明晰で心優しい作家をもっていることを、ほこらしく思う」(p.212)。
科学の明晰、文学の心優しさ。
やはり、池澤夏樹は人生の残りの時間をかけるのにふさわしい作家でした。
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