765 「ろくに働かず、読に遊ぶ」 ・・・ 「猫楠 南方熊楠の生涯」(水木しげる、1996年、角川文庫)

 ぼくは子どものころ高等農林出の親父の口から南方熊楠は大人物だと聞いたことはありましたが、どういう人か本などで知ろうとしたことはありませんでした。

 

NHKの朝ドラ「らんまん」は植物学者牧野富太郎の生涯をモデルにしていましたが、これにこの粘菌学者がちらっと名前だけ出てきます。

 本書の巻末には水木と中沢新一の対談が載っています。それによると、「南方熊楠が生涯、強くひかれたのは粘菌をはじめ、陰花植物、神話的思想、野蛮な風俗や土俗、幽霊と妖怪、真言密教、セクソロジー、猥談、男色、半陰陽など・・・これらのものは現実の世界では非合理だけど、生命の全体運動を知るための重要な論理学ばかり」(中沢)、「生と死、陰と陽、見える世界と見えない世界の間に何があるのか、アカデミックな学問では説明できない分野を探求した稀代の学者・・・人間的にもスケールが大きくて、頑固で変わり者で、面白いエピソードを多く残した大怪人」(水木)ということです。

 

 さらには、「熊楠の思想として、もう一つおおきなテーマに霊魂の問題がありますね。粘菌の生態を観察し続けながら、生死の現象、霊魂の問題を深く探求していた。熊楠が幽霊や妖怪をよく見る人だったことは知られている」(中沢)ということです。

 また、荒俣宏の解題によれば、「文明の窮まるところ倫敦(ロンドン)の学林(アカデミィ)で並みいる学者を相手に一歩も退かぬ学術論争をたたかわすと思えば、熊野那智の森での幽霊やひだるを相手にあやかしの呪術合戦におよぶ」ということです。

 

 この文庫のカバーの絵を見ますと、熊楠の背中に乗っている猫(名前は猫楠)はよしとして、熊楠は真っ裸で顕微鏡をのぞいています。同じ姿で論文も書いたようですから、NHKでのドラマ化は大変かもしれません。

 

 ところで、熊楠の生計は実家の弟からの仕送りに頼っていたようです。熊楠はリテレートと自称していたようです。荒俣によればこれは「〈民間学者〉をあらわし、〈文士〉を意味する。それもただの学士や文士ではない。飯の心配にわずらうことなく、学に遊び、しかも人に敬愛の情を抱かせずにおかぬ者」だそうです。

 

 これは、じつは、ぼくの憧れでもありますが、ぼくの実態は、学者ではない、文士でもない、飯の心配はないわけではないが、さほど労働していないのに、なんとか生かされている、学ではなく読に遊んでいる、敬愛の情は抱かれない、といったところです。

 

https://www.amazon.co.jp/%E7%8C%AB%E6%A5%A0%E2%80%95%E5%8D%97%E6%96%B9%E7%86%8A%E6%A5%A0%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%B6%AF-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%82%BD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2-%E6%B0%B4%E6%9C%A8-%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B/dp/4041929075/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=MSX63TF692D0&keywords=%E7%8C%AB%E6%A5%A0&qid=1702690237&sprefix=%E7%8C%AB%E6%A5%A0%2Caps%2C158&sr=8-1