368  「イエスの十字架は罪の贖いではなかった?!」  「パウロ 十字架の使徒」(青野太潮著、岩波新書、2016年)

「『イエスは十字架にかかって、わたしたちの罪のために死んでくださった』、あるいは、『イエスの十字架は、罪の贖いであった』というような記述は、聖書のどこを捜しても存在しない」(p.129)。

 この本から何かを学ぼうとするなら、読者は、とくに、典型的なクリスチャンは、この言葉のショックに耐えなければならないでしょう。

 この言葉には後で戻ってくるとして、本著は、ベテランかつ優秀かつ独自の神学を持つ新約聖書学者が、パウロについて、一般教養書として執筆したものです。

 イエスとともにその言動が注目される新約聖書の登場人物パウロの生涯、執筆物(それはすべて「手紙」)をわかりやすく紹介したのち、肝心のパウロの思想(あるいは信仰、神学)を解題しています。パウロについての格好の入門書であるばかりでなく、著者・青野先生のオールド・ファンにとっても読みやすい総まとめになっています。

 人はどうしたら救われるのでしょうか。よいことをすることによってでしょうか。いや、パウロはそう考えません。律法を守らない/守れない不信心な者を神はそのままで良し/義しとし、それを明らかにしたイエスを信じることで人は救われるとパウロは捉えた、と青野先生は考えます。

 良いことをすれば/律法を守れば救われるという考え方は、一見当然、公平のように見えても、そこには自己絶対化があり、パウロはそれを厳しく否定している、と青野先生は指摘しています。

 青野先生によれば、パウロの神学のもうひとつの柱は「『復活者』イエスはまさに『十字架につけられたままのキリスト』であった」(p.124)という点です。十字架につけられたけれども、そこから救われて、復活したのではなく、イエスはいまだ十字架につけられたままであり、その姿が復活者なのだと言うのです。
 
 十字架につけられたままのイエスは死刑にされたままのイエスであり、そのようなものは弱い姿だと、わたしたち人間は考えがちですが、「パウロはそれを裏返して、『弱さこそが強さ』『愚かさこそが賢さ』『躓きこそが救い』『呪いこそが祝福』というように、イエスの『十字架』を、逆説的な意味で肯定的に捉え直した」(p.130)と青野先生は考えるのです。

 ここで、冒頭の言葉に帰りますと、これは「贖罪論」と呼ばれる宗教思想であり、キリスト教の正典のひとつである旧約聖書にも見られますが、青野先生は、イエスパウロもそれを乗りこえようとしたと説いています。

 贖罪論にはいくつかの問題点があります。「『イエスの十字架』がもしも『贖罪』を意味するとしたら、われわれがその『十字架』をイエスとともに担うことはありえない。そのようなイエスは『他のイエス』、すなわち人間の罪を一身に引き受けて悠然と死んだという、ヘブライストたちが奉じるような『強い』イエスである」(p.156)。

 つまり、イエスは十字架というローマ帝国の極刑に処せられたのであり、それは、「人々を救うために、わたしはこの死をあえて引き受けてみせる、人びとの罪を贖ってみせる」というような「強い」姿ではなく、「神よ、どうしてわたしを見捨てたのか。どうして、こんなに苦しみ、死ななければならないのか」と叫ぶ「弱い」姿であったと。イエスの十字架は、贖罪の任務を引き受けるような強い姿ではなく、わたしたち人間と同じように、弱く、苦しむ姿であったと。

 けれども、「無残な姿をさらし続けるイエス・キリストとともに、十字架を担い続けていくこと。自らの力に頼り、自らの業績を頼みに生きる『強い』生き方ではなく、イエスとともに、そしてこの世の苦難を強いられている人たちとともに十字架を担い続ける『弱い』生き方のなかにこそ、本当の意味での『強さ』が、そして『救い』が、逆接的に存在する」(p.158)と。

 贖罪論の問題は他にもあります。「行為義認」の考え方が潜んでいるとか、人を迫害者にする危険性をはらんでいるとか、「犠牲」という危険な観念を招くとか。これらがどうして危険なのかは、お読みの上でのご判断に委ねます。

 これらの青野先生からの学びを踏まえたうえで、二点、問題提起を記しておきます。

 ひとつは、贖罪信仰はたしかに危険をはらんでいますが、神の無償の愛、功なき者の救いの一表現、民間的表現として理解することはできないかということです。

 もうひとつは、律法を守ることではなく、イエスを信じることで救われると言うとき、「イエスを信じる」ことが、救いの条件としての律法遵守的行為とみなされたり、自己義認に陥ったりしないかということです。「信仰も神からの賜物」という考え方はひとつの解決にはなっていますが、賜物としての信仰が与えられていない者、あるいは、与えられていてもそれに気づかなかったり、発揮したりしない者は救われない、ということにはならないかと。

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