イエス・キリストがわたしたちの代わりに十字架で死んでくれたので、神はわたしたちの罪を赦してくれた、と考えるキリスト者がいる。イエス・キリストが示し、従うように促してくれた道を歩むことが大切である、と考えるキリスト者もいる。両方を考える者もいる。
福島の原発事故、経済が厳しい地域への原発建設、沖縄への米軍基地の異常な集中。都市住民、ヤマトの住民、日本国家、権力者、富者たちは、これらの人びとを犠牲にして、自分たちの責任から逃げて、生活を享受している。
イエス・キリストの犠牲の死によって人間は罪を赦されているという考え方は、これと同じ、責任逃避ではないか、という問いがキリスト教に向けられた。それに対し、著者は、イザヤ書53章、福音書、パウロは、そのような考え方をしていない、と本書全体を通して述べている。そのような考え方は、ヘブライ書などごく一部にしか見られないと。
「病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ／彼は自らを償いの献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは／彼の手によって成し遂げられる。彼は自らの苦しみの実りを見／それを知って満足する。わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために／彼らの罪を自ら負った。」（イザヤ53:10-11）。
この個所は、この「この人」「彼」「僕」が人びとの罪を負って犠牲死を遂げることで人びとが救われた、と言っているようにも読めるが、著者は、そうではなく「むしろ、「私たち」は僕の模範的な生き様（と死に様）をとおして回心し、その生き様に倣い、その生き様に参与するという仕方で救済を体験します」(p.41)と解釈している。
イエスについても同様のことが癒えると著者は述べている。「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」（マルコ10:45）とあるが、これについて著者は、イエスの犠牲死が人を救うということではなく、以下のように解釈している。
「イエスが身代金であるとは、〈イエスが自分の代わりに死んだから、自分は何もしなくても良いから得をした〉という類の責任転嫁とは異なります・・・イエスが「身代金」であるとは、他者を生かし尽くす極限の姿を指しており、それは多くの人を生かし尽くす生き様へと他者である人々を促します・・・イエスの憐れみの行為を享受した人々を含めて、「多くの人」がその生き様をとおして神に対して誠実に生きるという神の国の在り方へと促されました」(p.108)。
著者によれば、初期のキリスト教会やパウロも、イエスの犠牲死が罪人である人間を救った、とは理解していなかった。「救いはイエスが死んだから確実になるのでなく、イエスがメシアだから確実になります。それが原始教会における救いの確信です。パウロをはじめとする原始教会において、犠牲死はあくまで救いを説明するメタファの1つに過ぎず、救いを決定づける論理とは言えません」(p.249)。
「〈救済者メシアはかならず解放することになっている〉という決定論的な信仰は、イエスが十字架で死ぬより以前からユダヤ人が共有していた理解です・・・パウロを含めた原始教会の理解は前者です。したがってそこには〈イエスの死が決定しており、つまりそれは神がイエスの死を必要あるいは善として要求した〉という発想はみあたりません。すなわち〈神はその子の死を喜んでいる〉という加虐性は、新約聖書に不在です」(p.253)。
著者の聖書解釈に従うならば、「イエス・キリストがわたしたちの代わりに十字架で死んでくれたので、神はわたしたちの罪を赦してくれた」と考えるよりも、「イエス・キリストが示し、従うように促してくれた道を歩むことが大切である」と考える方が聖書のメッセージに近いようだ。
しかし、前者のような考えも、ただ、自分が神から受け入れられている、愛されている、生かされていることの表現のひとつであるならば、有意義であろう。ただし、「表現のひとつ」であることに我慢できず、唯一の真理、他は間違っているという独善性、攻撃性につながることもありうる。メタファは普遍ではない。それが普遍を主張するとき、まさに暴力が生じる。
イエスが神の小羊と信じる人も、イエスがメーメー鳴くとは考えず、「神の小羊」は比喩である、とわかっているのではないか。イエスがまことのぶどうの木と信じる人も、イエスが植物であるとは考えず、ぶどうの木は比喩であるとわかっているのではないか。
