「13歳にもわかるキリスト教」(美濃部信、新教出版社、2016年)
ミッションスクールの中学1年生、はじめてキリスト教に触れる生徒のための教科書にも使われるのでしょう。100頁の中に、聖書、礼拝、祈り、教会、キリスト教暦、世界の諸宗教や神道、キリスト教学校の歴史、旧約聖書、新約聖書、キリスト教史、グルーバル社会と宗教などの項目がコンパクトにまとめられています。図や写真、色刷りも豊富に用いられています。キリスト教をごくごくざっと勉強したいという一般の人々にも読みやすいのではないでしょうか。
ただし、たとえば池田晶子さんの名著「14歳からの哲学 考えるための教科書」のように、読者に真剣に問いかけたり、考えさせたりする面よりも、「初心者向け簡単ガイド」の側面が強いと思います。読者より執筆者のために書かれた本のような気がしないでもありません。
とはいえ、こころに響く言葉もありました。
「何かができるから愛するという条件付きの愛ではなく、何もできなくてもありのままのあなたが大切だという『無条件の愛』がここに示されています。これは聖書が私たちに語りかける最も中心的なことです」(p.13)。
「ありのままのあなたが大切」「無条件の愛」。この言葉が「あなたは罪人ですが、神はその罪を赦してくださいます」に代わってある時期から聖書の中心使信として語られるようになって、もう四半世紀は経つでしょうか。それでも、13歳には新鮮なメッセージかも知れません。
「キリスト教の祈りには最後に必ず結びのフレーズを付けます。『主イエス・キリストのお名前によって』とは、イエスに全部包んでもらって神に捧げてもらうという意味です」(p.17)。「イエスに全部包んでもらって神に捧げてもらう」とは、13歳にはピンと来ないかもしれませんが、印象に残る表現でした。いや、大切な人へのプレゼントをお店でラッピングしてもらうことをイメージすれば、生徒には伝わりやすいかもしれませんね。
「本来祈りは現実から逃げるためでなく、現実に向かっていくためにします。本気で祈る人は、現実から目を背けません。厳しい現実に向かうときは祈らざるを得ないことがたくさんあるのです」(p.19)。これも、きっと読者のこころに残ることでしょう。ぼくのこころには、ずしっと来ました。