「あなたはどこにいるのか（関田寛雄講話集）」（関田寛雄著、一麦出版社、2015年）
関田寛雄先生は、学校や教会でお世話になったことはありませんが、わたしの師であり、わたしにとてもやさしいお方です。それは、説教、執筆物、そして、パーソナルなお交わりにおいてです。けれども、それは、先生個人の所有物でもなく、獲得物でもなく、真の師である神とその根源的な慈しみを羊たちに伝える器、牧者としてのカリスマ（賜物）なのです。監督制の教会であれば、このようなお方に監督＝「牧師たちの牧師」になっていただきたいものです。
先生は小柄で、物腰は低いけれども、巨人です。聖書をわたしたちの生の中で深く読むことにおいて、また、人間の存在・言動・精神営為・信仰に先立つ圧倒的な神の恩寵を示すことにおいて、そして、この世の中で貧しくされ虐げられている人びとの視点から聖書と世界を読み、そこからの解放を導く神を語ることにおいてです。本著ではこの三点を存分に、さらには、先生の文学的な、あるいは、庶民的な側面も十分にあじわえます。
たとえば、先生は「心の貧しい人」という聖書の言葉を「たらない自分であること、無知なる自分であること、そして弱い自分であることをくり返し思いつつ、未来に望みを置いて、未来から自分の人生を生きようとする人」、また、「この世の何ものをも頼りにしない人」、そして、「小さなことに大きな感謝を見出す人」(p.181)、さらに、これらをまとめて「一生涯一つの祈りをもって生きる人間」「祈りを中心として、祈りにいつも自分の人生を集約していく人」というように深く読み込んでおられます。
あるいは、「「主」に仕えていただくという形でしか、人は「主」に仕えることはできないのです。キリストに愛されるという形でしかキリストを愛することはできないのです」(p.89-90)というように、わたしたちの罪と神の愛、双方の深さを徹底的に掘り下げられます。
本書にはさらに「私たちは真理を決して「売ってはならない」のです。なぜなら真理を売るものは神のみであるからです」(p.128)とか、「わたしたちにとって必要なのは「わかる信仰」ではなく「力ある信仰」です」(p.129)とか、「教会の一つの使命は・・・キリストの身に仕えることによって、この世のいっさいの権力を相対化し、特に人間を非人間的にするところのあらゆる力に対して抵抗していくことであろう」(p.176)というように、真理に裏付けられた説得力ある言葉が満ちています。
とくに自死についての言葉に胸を打たれました。「自死者に最も近く寄り添っておられるのは十字架のキリストです。誰が自死者を非難し罪人視しようとも、十字架のキリストこそは、「子よ、わが愛におれ」と助けの手をのばしてくださっているのです」「そこまで苦しんで自死せざるをえなかった人を、十字架に苦しみたもうたキリストが見捨てられるわけがありません」(p.195)。親しい人びとが苦しんで自死したことに先生もまた苦しみ、苦しんだその人びとを、そして、苦しんだ先生を、キリストがお見捨てにならないことに救われたおひとりなのでした。
ところで、関田先生は、新約聖書学の巨人、荒井献氏と同僚でいらっしゃたことがあって、若き日の荒井氏の研究や実力をご覧になり、とうていかなわないと思われたそうです。けれども、荒井氏も関田先生が上述の意味で巨人であることは否定しないのではないでしょうか。
最後に、関田先生の信仰を集約するような言葉を引くことにします。「聖書の「救い」は旧・新約に証されている神の救いの歴史に連なることをゆるされることです・・・・この世の眼には隠されて、しかし信ずるものには現されて、流れつつある神の救いの歴史は死を超え、歴史の彼方に神の国と永遠の生命を指向しています。この流れの中にわたしたちは「神の民」として召し入れられているのです」(p.118)。
これはそのまま説教であり福音であります。病気に苦しみ、就職難に苦しみ、職場で苦しみ、人間関係に苦しみ、心がずたずたで、体がへとへとで、誰にも認められず、辺野古の新基地建設に抗い、戦争法案を押し返そうとし、原発を撤廃させようとし、原発被害者に寄り添い、教団の不正に抗議する人びとにとって。
