「エイズの村に生まれて 命をつなぐ16歳の母・ナターシャ」(後藤健二著、汐文社、2007年)
取材当時、住民の九割がエイズ感染者と言われていた。ロシアに近いエストニアの村。麻薬がはびこり、使い回しの注射器を通して、エイズも蔓延した。
その村の16歳の少女。やはり麻薬針によってエイズに感染。産んだばかりの子どもとともに病院で生活する。
取材する後藤さんがやさしい。少女の目から大粒の涙があふれる。後藤さんはせかさない。彼女の顔が上を向くのを黙ってじっと待つ。そのうえで、ゆっくりと話し始める。しばらく会話がつづく。ふたたび、ナターシャの瞳から涙がこぼれる。後藤さんはインタビューを終えることにする。つぎの訪問時には、ぬいぐるみを持っていく。「ぬいぐるみなんて、初めてもらったわ。これ、手ざわりがいいわね」。300円のおみやげをこんなに喜んでもらえるとは思わなかった後藤さん。
村の麻薬やエイズ感染の状況は絶望的に見える。治療環境も薬もはなはだ不十分だ。資金もまったく足りない。けれども、「麻薬中毒とアルコール中毒の人たちのためのリハビリセンター」を営む夫妻は一生懸命に取り組んでいる。
「(あきらめないで戦っている人たちがここにはいるんだ) そう思うと、私もがんばろうと思うことができました」(p.62)。センターでもらった名刺にはYou will not be alone.と印刷されていた。「『あなたはけして一人ではない』―私は、とても優しい言葉だと思いました」(p.80)。
のちに極めて危険な地帯であるにもかかわらず、友達を助けに行った後藤さん。まさに、あきらめない、がんばろう、そして、友達を一人にさせない、の一心だったのだ。
常套句などではない、誠実で斬新な「あきらめない、がんばろう」だ。