188 「小説の前味、さらに中味、もひとつ後味」

 「書き出しは誘惑する 小説の楽しみ」(中村邦生著、岩波ジュニア文庫、2014年)

 この書名に誘惑されました。

 ぼくは、毎週、25分の話のために、数千字の原稿を書いていますが、やはり、書き出しに悩みます。それは、そのまま、語り出し、にもなります。これからはじまる半時間の集中力をこちらに傾けるために、つまり、聞き手の皆さんにぼくの話に「入って」いただくためには、ぐっと「つかむ」言葉が、しょっぱなに必要なのです。

 そんな下心に促されてこの本を手に取ってみましたが、期待どおり、いや以上でした。
 
 まず、最初に笑いを持ってくる方法。これは、これからどんな話が展開するのか、期待を高め、愉快な気持ちのまま、さらなる愉快を求めて読み進むことを促す効果があるそうです。ぼくも、最初に、よく受けを狙います。笑うと、緊張感がほぐれ、話が自然に耳に入ってきやすくなりますよね。そして、笑いから入りながら、笑い以上の何かへと導かれていくのです。

 本著は、書き出し論にとどまらず、小説のさまざまなおもしろさ、読み方を教えてくれます。たとえば、ドストエフスキーのどの小説も「逸脱と越境の激しい感情のドラマ」(p.73)
に満ちており、また、聖俗、高低、上下、賢愚など「異質なもの同士の共存と混交」(p.75)も見いだされると。これも、原稿を書くときに使えそうですね。とくに、ぼくなど、宗教的なお話をするものですから、ええ。

 著者は、さらに、書き出し、文章や話の作り方にとどまらず、人生の知恵もわかちあたえてくださいました。人は、大局観を持てと言われますが、危機においては、展望、大きな視野をせっかちに求めると、かえって、「良いことなどこれからもなさそうだ、いや、悪いことが起こりそうだ」という予期不安にさらされ、失望してしまうと。だから、大きなことより、むしろ、小さなこと、たとえば、目の前の植物、動物、生活を楽しむべきだと。「ロビンソン・クルーソー」からの教訓です。

 もうひとつ。人は何を語るべきか。ぼくは何を語るべきか、大きな示唆をいただきました。ヴァージニア・ウルフ灯台へ」で、遠出に憧れている子どもに、父は明日は晴れそうにないと冷たいが、母は晴れるかも知れないですよ、どうも晴れそうですよと語りかけるのです。

http://www.amazon.co.jp/%E6%9B%B8%E3%81%8D%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%AF%E8%AA%98%E6%83%91%E3%81%99%E3%82%8B%E2%80%95%E2%80%95%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E3%81%AE%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%81%BF-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E9%82%A6%E7%94%9F/dp/4005007635/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1397286362&sr=8-1&keywords=%E6%9B%B8%E3%81%8D%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%AF%E8%AA%98%E6%83%91%E3%81%99%E3%82%8B