「お父さんの手紙」(イレーネ・ディーシェ著、赤坂桃子訳、新教出版社)
新教出版社を代表する一作になるかも。
ハンガリーの田舎町にドイツから遊びに来た、そばかす、赤毛のダリア。
たちまち恋に落ちたラズロ。
最初のデートで宿ったのがペーター。
けれども、ダリアが事故で・・・
ラズロはペーターにささやく。
大きくなったら、自分の頭でしっかり考えること。
なにもおそれてはならないこと。
死ぬことはこわくないこと。
だけど、死ぬ前に、楽しく生きること。
外交官のラズロはベルリンへ。
ペーターはお医者さんのおじいさんとハンガリーに残り、家事手伝いの若い女性や庭師たちと、毎日を楽しく。
ある時、ラズロが迎えに来て、ペーターもベルリンへ。
まだ六歳にもならないのに、あるいは、ならないから、ドイツ語は苦労せずに、数週間で話せるように。うらやましい!
ラズロはペーターに、またささやく。
目をきちんとあけていること。
でも、頭が良いことを他の人に気づかれないこと。
きらわれないように。
ラジオから聞こえる「総統」の叱る声。
短気で怒りっぽいようだ。
だけど、ひとびとはそんな総統をとても愛し、演説を聞きに集まり、総統が叱りはじめると大喜び。
ラズロはペーターに言う。
「ユダヤ人」なんていない。
いるのは「ユダヤ系の人たち」。
1938年11月9日夜、ナチスはユダヤ人のお店や集会所を襲う。
「水晶の夜」とは、ショーウィンドゥが砕け散った暗黒のこと。
ペーターはふたたびおじいさんの元へ。
お父さんからは毎週末、手紙が届く。
何年も、何年も、ずっと。
おじいさん、おとうさんの、愛情に満ちた秘密。
そして、最高の贈り物。
おとうさんは息子にささやいた通りに生き続けている。
不幸ではない。幸せと幸せの間の少年時代。
歯切れがよく、よみやすく、けれども、つたわり、しみこむ訳文。