167 「美しい否。賢治の生きた農村が、細かな線と押さえた水彩色で、頁をめくるごとに立ち現われる」

 「雨ニモマケズ Rain Won’t」(文・宮沢賢治、英訳・アーサー・ビナード、絵・山村浩二今人舎、2013年)

 ビナードさんが賢治を英訳したなら、山村さんは、賢治を、絵訳してくださった。

 いわば「和風」の作品で、世界に認められたアニメーション作家、山村さん。

 墨絵のようだが、日本的な色彩も無駄なく用いられる。

 それでいて、いのちに満ちた農村図。灰色の雨が、実った稲穂に降りしきる。しがみつくイナゴやトンボ。虫を噛んで飛ぶ小鳥。葉の上のとかげ、糸にぶら下がる蜘蛛。農家の庭先の犬と農婦。淡い緑の水田。おたまじゃくしやかえる。滑空するつばめ。囲炉裏端のねこ。抜きたてのかぶ。土間のねずみ。

 けれども、病気の子どももいるし、疲れ果てたお母さんもいる。死を迎える人も。ひでりも、寒さも、すべて含んで生きている里のどこかに、学生服、学生の賢治が佇んでいる。

 しかし、喧嘩や争いはどうなのだろう。それも自然生命の営みなのか。放射性物質の大規模拡散はどうなのか。英訳者はあとがきで、賢治の1931年と今とでは、「雨」と「風」の汚染の度合いは比べ物にならないと指摘する。

 風にも負けずに生きてきた農民を、原発とその大過失で打ちのめし続ける2010年代。

 この本も、また、それへの、すでにかずある、うつくしい否のひとつだ。

 http://www.amazon.co.jp/%E9%9B%A8%E3%83%8B%E3%83%A2%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%82%BA-Rain-Wont-%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB/dp/4905530261