158 「社会的な問題を描くにも、大活劇が必要なアメリカ映画」

 映画「キャプテン・フィリップス」(トム・ハンクス主演、ポール・グリーングラス監督、2013年)

 「遠い夜明け」を思い出しました。前半はアパルトヘイトの残虐さ、そして、それと闘う人々を描く社会派映画ですが、後半の脱出物語は、ハラハラドキドキの娯楽映画の要素が強かったように記憶しています。

 この映画も、アメリカ海軍の軍艦、特殊部隊、ハイテク機器、スナイパーなどをずらりと並べ、ピンチにつぐピンチ、大音響、とくに心臓に悪いビート音など、ランボーを思わせるものでしたが、パンフレットを読むと、じつは、貧しいソマリアと富めるアメリカの格差などを背景にした海賊事件をもとにしていることがわかりました。

 トム・ハンクスは、さすがにマッチョにならず、貨物船の船長としての勇敢で冷静な面と、人質としての死の恐怖や長時間の極限状態によるショック状態をみごとに演じていました。

 海賊に今にも殺されそうな緊張した大音響シーンが続き、左胸の手をあてるほどの、ストレスを感じましたが、船長が最後に救出され、臨床心理的な配慮に満ちた医師に「大丈夫ですか」とか「もう大丈夫ですよ」とか言ってもらい、体の力が一挙に抜け落ちてしまうようになる場面では、観ているこちらも、やっとこの苦しい映画から解放されるという安堵感と、背中の痛みの名残を感じました。
 
 アメリカの貨物船がソマリア人海賊に襲われる話ですが、その背景には、「アフリカには、目の前を世界の富が通り過ぎて行く国々がある。それは絶えず行き交っている巨大コンテナ船だ。となると、映画で描いたような事件が起きるのは必然なんだよ」(パンフレットより)というグリーングラス監督の言葉にあるような事態があることを知りました。

 これを映画評論家の土屋好夫さんは「人質救済の美談と見せながらそこに救う現代のグローバル経済の根源的な問題点を突きつけてくるグリーングラスの手腕と力量に拍手」と評していますが、ぼくは、そんなことにはちっとも気が付かず、早く終わってほしい、という思いで一杯でした。

 けれども、パンフレットで、ジャーナリストの後藤健二さんの解説で、ソマリアはイギリスとイタリアの植民地支配終了後、内戦が続き、無政府状態になったこと、それをよいことに、ソマリア沖では外国船がマグロやロブスターを乱獲したり、産業廃棄物が不法投棄されたりで、漁師たちの生活が奪われ、なかには海賊になる者がいることを知りました。

 映画を観た後は、トム・ハンクスということでヒューマンなものを期待していたのに、大騒ぎのハリウッド映画で損したなあ、という気分になりましたが、パンフレットで、海賊の背景を知ると、こういう当たり前のことにすぐに思い当らない自分の感性の低さを恥じました。
 
 だけど、土屋さんの評を言い換えれば、ハリウッド映画って、社会派的なものにも、大活劇を入れなければならない、ってことかなと。