「シネマで読むアメリカの歴史と宗教」(栗林輝夫、大宮有博、長石美和、2013年、キリスト新聞社)
これ一冊で、アメリカ合衆国200年の歴史(侵略〜植民地化〜「独立」戦争〜移民~南北戦争〜世界大戦〜反黒人差別運動〜オバマ)、それに伴うキリスト教の歴史(メイフラワー号〜ピューリタン〜魔女裁判〜アーミッシュ〜大覚醒運動〜モルモニズム〜カトリック〜リヴァイバリズム〜キング〜)、そして、時代や歴史上の出来事を背景や舞台にしたいくつもの映画が、ざっと把握できた気がしました。
ゴーストバスターズ、ポカホンタス、刑事ジョン・ブック、俺たちは天使じゃない、華麗なるギャツビー、怒りの葡萄、フットルース、ロング・ウォーク・ホーム、ミシシッピー・バーニング、マルコムXのようなぼくが観たことのあるものも含めて、およそ50の映画が紹介されています。
ぼくがおもしろいと思ったのは、ピューリタンから諸派が生まれていく流れ、それに伴う救済観の展開(予定説〜万人救済説)です。
たとえば、クウェーカーたちはピューリタンから分離し、人間に上下関係を持ち込まず、フレンドと呼びあい、それがフレンド友会となり、日本では普連土学園にもつながっていること。
誰が救われ誰が地獄に落ちるかは神が予め決めていて、自分が救われている方に属すると信じている人は、救われている人間ならするだろう善行に勤めようとするという「予定説」(そういう教義や神学があるのか、俗にそう思われたり、信じたりしているということなのかはよくわかりませんが)を否定はしないが、福音派の牧師たちは、事実上、万人救済説を採るようになったということ。(ただし、万人救済と言っても、信じれば誰でも救われるというのであって、信じなければ救われないらしい)
ピューリタンたちは、禁欲・勤勉の教えに従って得られた財産を神からの見返りと理解したこと。(裏返せば、貧しい人は禁欲・勤勉でなく、神から祝福を受けていないということにされてしまう)。現代も、ビジネスの成功を神の祝福と騙るキリスト教徒いますね。
また、ジェームズ・モンローという人が、ピューリタニズムの「全く異なる二つの傾向」(p.138)を指摘しているということが紹介されています。すなわち、ひとつは、正しい社会、道徳的に優れた国を創ろうとする熱意。他方は、他者に対する排他性。
けれども、これは「異なる二つの傾向」ではなく、同じ傾向ではないでしょうか。あるアメリカ人宣教師は、アメリカ・ピューリタニズム(=アメリカの改革派教会らしい?)がこのようにキリスト教によって良い国を創ろうとすることを(遅れている)日本のキリスト者に教えたい、と言いつつ、自分は、日本のキリスト者からは学ぼうとしていないように思います。「自分たちの宗教は国を良くするほどに正しい」というのは、他者に対する排他性と、「全く異なる」どころか、極めて親和性が高いと思います。
紹介されている映画の中でぼくが観たいと思ったものは、まずは、「遙かなる大地へ」。これは、アイルランドからの移民もの。つぎに「ゴッド・ファーザー」シリーズ(この有名な映画をぼくは観ていないのでした)。これは、イタリア系移民もの。どちらもカトリック。そして、「愛と哀しみの旅路」と「ストロベリーロード」。これは日系移民もので、とくに、第二次世界大戦下の日系人強制収容所の歴史を少しでも学びたいと思います。
期せずして、これらは、ぜんぶ移民もの。トランプさん、やはり、壁とか入国禁止とか、だめですよ。