「福音の再発見―なぜ“救われた”人たちが教会を去ってしまうのか」（スコット・マクナイト著、中村佐知訳、キリスト新聞社、2013年）
教会に来る人が増えないかなあ、などという子どもの煩悩に囚われているぼくは、副題に釣られてしまいました。
しかし、中身は、教会組織拡大のための軽薄マニュアルではなく、一定の納得ができるものでした。
著者は、この世は、「私」が世界の中心だとする個人主義、所有物こそが「私」という消費主義、我が国は神の国という国粋主義、「私」は神だとするニューエイジ、自分の属する小集団のことしか考えない「ポストモダン部族主義」、内面開発・可能性最大化に魅せられる「セラピーによる救い」などに満ちていると指摘します。
その中で、福音は、イエスを信じるという「決断」をした者は死後、地獄ではなく天国に行ける、という程度のものに、矮小化されているとも言います。
とは言うものの、イエス・キリストの十字架による贖罪を否定するものではなく、むしろ、それは、より大きな「福音」に含まれると言うのです。
では、福音とはなんでしょうか。その前に、著者によるキリスト者の定義に触れておきましょう。すなわち、イエスの考えで始められた神の国に参加しようとし、神と隣人を愛し、正義、とくに、弱者や疎外された人たちを大切にする社会を築こうとし、平和を願い求め、ローカルな場での働きに身をささげている人たち、と述べるのです。
では、福音とは何かというと、神はこの世界の共同統治者、この世界を上述のような社会として治めるためのエージェントとして、アダムを選びますが、アダムは神から世界を奪い取ろうとして、失敗します。その後、神は、アブラハム、ヤコブ、モーセ、ダビデにも同様のことをしますが、ダビデもまた神の国の簒奪者であることにも表れているように、うまく行きません。
しかし、ついに神は、イエスをこの世界の王、主、メシヤとして、その目的を完成させます。神が成し遂げようとし、はじめにアダムに委ねた仕事は、様々な道のりを経て、イエスにおいて成就したのです。今や、イエスが王となり、神の国はアダムやダビデら、あるいは、カエサルの帝国の主から、奪い返されたのです。（モーセの時は、過越しの羊の血がイスラエルの民をファラオから守ったように、最後の晩餐あるいは十字架におけるイエスの血は「ご自身に従う者をローマや圧政から守り」(p.151)とあります。）
ここで再び、話は振り出しに戻ります。この世界、神の国のまことの王であるイエスと同じ仕事に、わたしたちはもう一度招かれ、上述のキリスト者の生き方が示されるのです。
この本の良いところは、福音というものを、個人的で現世的、心理的、あるいは来世の幸福というご利益的な満足から、イエス、あるいは、神を王とする御国の完成の物語への参加というところに連れ戻したことです。
個人の救い以上に、神の民として歩めることこそが、うれしい知らせ、なのです。福音とはイエスがイスラエルの物語を完成させたことですが、「イスラエルの物語とイエスの物語は・・・神の民が神に信頼し、神に頼る世界へと私たちを招」（p.179）いてくれます。
パウロもペトロも、イエスとは旧約聖書の神によるイスラエルの物語の完成者であると語っている、と著者は言います。（その辺は、新約聖書学的にはどうなのでしょうか。）
十字架を福音の中でとらえつつも、十字架の出来事に聖書全体が吸収されてしまうような見方ではなく、むしろ、復活、昇天、反帝国の王としての即位、という、イスラエルの物語の成就とする見方には、聖書全体に向けられた径の大きなまなざしを感じました。
同時に、現代アメリカのキリスト者にも、イエスを幸せな天国行の個人的な切符にしてしまう人たちがいて、悩ましい問題なのだなあ、と思いました。
