149 「池澤夏樹を大統領に」

「終わりと始まり」(池澤夏樹著、朝日新聞社、2013年) 

 池澤夏樹さんを大統領にして、石牟礼道子とか落合恵子とか大江健三郎とか鶴見俊輔とかによる長老会議をおき、小熊英二とか村上春樹とか斎藤美奈子とか香山リカとかをブレーンにしたら、日本の政治はもう少しまともになるのではないでしょうか。(池澤以外の名前はいろいろ変えてください。恥ずかしながら他の論客、とくに女性論客や作家をあまり知りません)

 本著におさめられた朝日新聞掲載の著者のコラム48編を読んでそう思いました。イラク戦争普天間移転問題、水俣、沖縄、エコロジー原発原発事故、東日本大震災など、日本と世界の政治についての、極めてまともな、けれども、政治屋には言えない意見が述べられています。

 それは現状を打開し、未来を創出しようとする言葉です。「不吉なことを言う前に希望をこそ語るべき・・・責務のつもりでせいいっぱい希望を強調する・・・十年後の幸福な自分を想像しよう。そうやって絶対に無になるはずがない未来へ向けて自分を鼓舞しよう」(p.69)。

 2010年のこの言葉を忘れていないことを示すかのように、2011年5月10日、3・11の二か月後にはこう述べています。「原発の安全は現実の裏付けを欠く思想、つまりイデオロギーだったのだ・・・大日本帝国ソビエト連邦は同じようにイデオロギーを信じて亡びた・・・今ならば原子力や風力太陽光などの自然エネルギーに置き替える先駆者となれる。/戦後、自動車社会は二十年でできた。その気になれば変化は速いのだ」(p.132)。

 著者を大統領に推す理由のひとつは、その権力を権力の解体に使ってくれるかもしれないからです。「エコロジーの背後にはアニミズムがある。あるいは、あるべきだ。一にして全なる神を信じる人々も個々の被造物の中にそれをあらしめている神の意思を認めなければならない。/今、我々は支配力を駆使して支配者の地位から降りなければならない」(p.99)。幅広い知識の基づいた、発言の配慮も大統領にふさわしいと思います。

 「今からのことを言えば、我々は貧しくなる。それは明らかだ。貧しさの均等配布が政治の責務」(p.128)。その通り。政治家は金持ちを富ませるためにいるのではない。むしろ、「貧しさの均等配布」。でも、これによって、お金持ちが今よりずっと貧しくなり、貧しい人が最低限プラスアルファ(「文化」と「貯め」をもてるように)になるようになってほしいです。

 「災害は国家の罪を曝す」(p.142)。そうです。住民の罪に天罰がくだったなどと政治家が言うのはとんでもない。自然災害は誰の罪のせいでもない。しかし、国家の罪を明らかにします。原発事故は企業と政府に罪があります。大地震と大津波はそれを明らかにしました。

 大統領には文化を哲学的に批判する目も必要です。「人間は跳べるけれども飛べない・・・現代の表現者は安易に人間を飛ばせすぎる。早い話が宮崎駿はあんなに少女たちを飛行させるべきではなかった。あれですべてがバーチャルになり、自然の抵抗感がなくなり、生きることぜんたいが軽くなった」(p.176)。たしかに、生きるとは、重力と闘い、重力に支えられることでした。

 「今回、首都圏の人々は福島県民を自分たちの身代わりとして放射能の魔神にさし出したのだ。犠牲? いや犠牲には聖性が伴う。東電と財界の論理には利益しかない」。「身代わり」と「犠牲」の違い。さすがに文学者出身の大統領です。

 「今、気になっているのは、みんなが「考える」より「思う」でことを決めるようになったことだ。五分間の論理的な思考より一秒の好悪の判断」(p.213)。「考え」ないで「思う」だけの世界では、SNSでも政治でも、自分の「思い」と違う相手、「悪い」と「思う」相手を叩きのめそうとします。政権政党や総理、内閣がただ「好いと思う」ことを強行しようとしている国には、「考える」住民、投票者、議員、大統領が求められています。
 
 大統領就任演説が楽しみです。楽しみと言えば、池澤さんが紹介してくれる映画や本も。

 「終わりと始まり」 (ヴィスワヴァ・シンボルスカ著)
 「琉球の時代: 大いなる歴史像を求めて」(高良 倉吉著)
 「ツリー・オブ・ライフ 」[DVD] (ブラッド・ピット主演)

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