148 「音楽と他者とぼくとの怪しい関係」

「音楽力が高まる17の『なに?』 だれも教えてくれなかった音楽のヒミツ」(大嶋義実著、共同音楽出版社、2011年) 

 じつは、ぼくは、ピアノと声楽を月に二度ずつ、先生から習っています。仕事やなんやで、半分くらい休講にしていただいてますけど。その先生が、そんなに休むのならこれを読みなさい、ということでもないのでしょうが、くださった一冊。

 軽率なタイトルからは想像できなかった深い内容。著者は、一流の音楽家のようですが、幅広い教養と思考の持ち主であることが良く伝わってきて、非常に楽しめました。

 17の章も「オーケストラってなに?」「コンサートってなに?」「音大ってなに?」といった、これまた、薄っぺらな題がつけられていますが、中身は哲学的です。なぜ、哲学的なのでしょうか。「他者」などという言葉を使うからです。

 オーケストラに使われる楽器の背景にはそれぞれ出身地域や民族があります。いわば、他者たちの集まりです。しかし、彼女らは故郷を去り、ここに集められ、他者同士としての共同作業を試みるのです。言い換えれば、オケの音楽は、他者でありながら「調和」しようという切実な願いを内包しているのです。

 さて、楽器だけでなく、近代は人間も互いに他者としてますます疎外しあうのですが、その魂の慰めを、コンサートの音楽に求めます。近代以前のコンサートは社交場のBGMでろくに聴いていませんでしたが、近代のコンサートでは、聴衆は、音楽で自分の魂を潤そうとして、耳を傾けるのです。そして、そのような者同士が集う時、そこには、他者としての「共感」が生まれます。それが近代のコンサートだというのです。他者とわかちあう時間と空間、それがコンサートなのです。

 その他者同士を調和させるのが指揮者です。指揮者は、互いに他者なる楽器奏者同士を結び合わせ、また、聞き手同士を一つにし、ステージと席の境界を取り払いますが、彼自身は、最後まで他者、指揮者はどこまでも孤独だと言います。

 音楽における他者論はさらに続きます。音楽の主人公はメロディーだけれども、リズムとハーモニーという他者の存在が不可欠だと。メロディーは他の二者のように独り立ちできない存在であり、この二者に支えられ、この二者との関係の中から初めて、豊かな生命力を紡ぎだすと。

 他の事柄についても、著者はあくまで哲学的です。「留学ってなに」という章には、留学の方法など書いていません。どこに留学するかに意味があるのではなく、今いる自分の世界から自分を脱出させることが重要なのだと。人は自分の外に出る勇気と交換に、自分を見つめる目を与えられると。

 「ひとが楽器を奏でているようでありながら、じつは主体が音楽であり、音楽が人をあやつっている」(p.192)。これも哲学的ですね。

 では、どうやったら、音楽がぼくをあやつってくれるようになるのでしょうか。それは、音楽から愛されることです。音楽から慕われたいと切望し、愛しても愛されないならあきらめるくらいのことではだめで、愛が帰って来なくても愛し続けるほどの切望が必要なのです。ステージに立てなくても、練習をつづける。音楽のことを考えるだけで、胸がきゅんとなる、それくらい音楽に恋い焦がれるのです。

 ここには、切望とともに見返りを求めないひたむきさが共存しています。その証拠に音大は直接の就職などにはほとんど役立たないけれども四年間みっちりと教養と実技を学ぶところです。それこそ、学問の本来の姿であり、大学は就職支援学校ではなかったはずだと言います。どこまでも哲学的ですね。

 ところで、フランス革命以降、音楽にも平等主義がはびこり、ピアノなどもつぶぞろいの大きな音が出せるように作られたそうです。平均律というやつですか。けれども、そのことで、個々の微妙な音が捨てられていくというのです。しかし、薬指と小指は弱くて、ピアニストたちはつぶぞろいの音をだすためにそれを懸命に鍛えるそうです。だけど、ぼくは、なかなか鍛えられません。けれども、ぼくの演奏、とくに、4と5の指は、均質ではない、個性ある微妙な音を保っていると言えなくもないのではないでしょうか。

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