75 「別案が採用されても」

アメリカを動かす思想 プラグマティズム入門」(小川仁志講談社現代新書、2012年)

 中学校の英語で、日本語にすれば「もっとも美しい景色(複数)のひとつ」という表現を習ったとき、わたしもご多分に漏れず、「もっとも美しい景色」がふたつもみっつもあるのかよ、と思ったものです。

 プラグマティズムという思想は、ある問題への究極的な正解探求をあくまで目指しますが、人間はなかなかそこには行きつかないので、今考えうる中で、もっとも良い結果を生みそうな答えを出し、また、それを乗り越えて、さらに良い(betterな)答えを求めて行く、そういう考え方だと思います。これが究極の答えだ、などとは言わないのです。

 betterな考えならただ一つではなく、いろいろありえますが、それと、中学英語への疑問とは関係あるのかどうか、よくわかりません。

 ベストを慕い求めながらも、実際的には、その都度のbetterを選ぼうとする、このプラグマティズムの思想は、頻繁に起こるアメリカ民主党共和党政権交代や、新移民に対する追放から同化への政策変化などにも表れています。

 また、著者は、プラグマティズムは熟議と親和性があるとし、熟議では「相手を説得することよりも、むしろ合意することが目指され」「相手の話をよく聴くこと、自分の意見も変わりうるという前提が大事」であり、「自己の抱く信念を闇雲に信じているだけでは、あらたな世界は見えてこない」(p.184)と指摘します。

 そうなってくると、熟議の成果も、betterなものだけが選択されることに限られないかもしれません。ことに、文化や宗教などに関わることでは、相手の考えや感じ方を尊重すれば、どちらがbetterか決められないものがたくさんあるように思います。

 その場合は、熟議はしたものの、最後はたまたま多数決で、「その時は」そういう結果になったが、また別の時には、別の答えがありうる、という開かれた姿勢が両者にとって大事になるでしょう。

 あるいは、自分の賛成する案とは違う案が熟議の末に通っても、それならそれで、そういう状況が設定された中で、それをどう前向きに利用するか、という考え方もあるように思いました。