「アイルランド紀行 ジョイスからU2まで」(栩木伸明、中公新書、2012年)
ある朝の新聞広告に惹かれて、丸谷才一訳の「若い藝術家の肖像」を読んだのが、アイルランドへの若干の興味の始まりだったかも知れません。
20世紀の巨匠とされるJ. ジョイスの本は、「ダブリンの市民」という短編集にも挑戦したけれども、わかったようなわからないような、もやもやを残していました。ところが、本著を読んで、ああそういうことだったのかと、ある一編についてはとてもすっきりしました。
アイルランドの文学のもうひとり。W. B. イェイツ。この名前は、インドの詩人タゴールを評価したという文脈で目にして、では、タゴールのようなわかりやすい甘美な詩かと思って読むと、甘美ではあるようだけれども、わからないようでわからない。けれども、この新書でイエイツのエピソードや風景を少しかじると、もう一度読んでみようかという気になりました。
映画も紹介されています。アイルランドの貧困層のあるダメダメ親父、崩壊した家族、そこから新天地へ脱出する息子を描いた「アンジェラの灰」。二度ほど見ていますが、この新書ですっかりぼくのなかにおさまりました。20世紀末のダブリンの一断面を描いた「ワンス・ダブリンの街角で」やアイルランド独立戦争を舞台にした「麦の穂をゆらす風」も、ああ、なるほど、わかってきました。
そして、音楽。アイルランドの民族音楽についてばかりでなく、副題の通りに、「宗派を超越したキリスト教的人道主義を貫いてきたボノの歌詞は、キリスト本人に向かって「もっと身を入れて困っている人間を救済して欲しい」と言わんばかりの勢いである」(p.233)というくだりもありました。
一番印象に残ったのは、「アイルランド人が好きなことばのひとつに、「権力者が歴史を作り、苦しむひとびとは歌を作る」というのがある」(p.170)というところです。
本著は、侵入者に苦しめられてきたアイルランド人の歴史と、それをはねかえすつよくやわらかな歌の数々がわかりやすく紹介されています。