65 「自由で快活、逆説の背後に温かいユーモア」

「寅さんとイエス」(米田彰男、筑摩選書、2012年)

 この本は、キリスト教関連の本では今年のベストセラーになるかも知れません。というのは、キリスト教徒であるわたしのまわりでも、たくさんの人が読んでいるからです。

 わたしの教会でも一度紹介したことがあるのですが、しばらくすると、七十代のお母さんから、寅さんの本、読みましたよ。とても、おもしろかったです。わたし、寅さんの大ファンなのです、と声をかけられました。

 また、ある多忙な牧師先生が、この夏入院しておられたというので、少しはお休みになれましたかと尋ねると、この本をとてもおもしろく読んで過ごした、ということでした。

 この書のポイントのひとつは、イエスは「これまで考えられていた以上に、もっともっと愉快な男であり、いわば寅さんのように自由で快活な男であり、凄烈な逆説の背後に温かいユーモアが隠されているように思われてならない」(p.46)ということでしょう。

 ふたりは弱い者に優しいのです。「寅とイエスの両者に共通する逸脱は、他者を生かすための他者への思いやりであり、表層の嘘を暴き真相を露にする、いわば道化の姿である」(p.67)。

 その通りだとうなずきつつ読み進めるうちに、寅もイエスも弱い者に優しいばかりでなく、自らも弱く、優しくされた者ではないか(マタイ25章)、そういう視点がこの書には欠けるのではないかと、何か気づいた気になり、少し得意になっていましたが、あとがきにある、お母様のエピソードを読むと、著者はその点もしっかり押さえているのだなと思いました。

 これは、一般の読者に対して、寅を鏡として、イエスの一般には想像されていない面を描く書ですが、聖書についての現代学問を多少聞きかじっている者としても、いくつかのあたらしい見解に触れることができました。

 ちなみに、先ほどの牧師先生は、牧師でありキリスト教学者であるという意味では、イエスの弟子ですが、寅さんの映画を全部見て、ビデオを全巻そろえ、繰り返し見、日本全国、そして、小さな教会にも、リュックひとつで来てくださり、温かい涙で心を溶かしてくれる、寅さんの弟子でもあるようなお方です。