778 「善は個人の美徳なのでしょうか」 ・・・ 「RITA MAGAZINE テクノロジーに利他はあるのか?」(伊藤亜紗/中島岳志/北村匡平/さえ/砂連尾理/三宅美博/三宅陽一郎/稲谷龍彦/藤原辰史/真田純子/塚本由晴/ドミニク・チェン/山本真也/小林せかい/磯﨑憲一郎/木内久美子/國分功一郎/山崎太郎/若松英輔、2024年、ミシマ社)

 ソウルメイトから紹介されて、ソクヨミしました。対談とか講演とかだし、東京工業大学関係とは言え、論文集ではなく、MAGAZINEなので、とても読みやすかったです。

 最近読んだ「資本主義の次に来る世界」とか「レジリエンスの時代」とか「旧約聖書環境倫理」といった本ともリンクしまくっていました。地球は人間オンリーでも人間センターでもなく、動物、植物、山、川、星なども人格というか主体というか生命というかそういうものを持っていて、さらには、その主体、人格、生命がたがいにつながっている、という観点がともに鳴り響き渡っていました。

 

 利他、RITAと言っても、リタ・クーリッジ RITA COOLIDGEではありません。かと言って、たんじゅんに、わたしが誰かに良いことをしてあげる、わたしが誰かを助けてあげる、ことでもありません。

 「「社会的な役割」をいったん脇においたときに初めて向き合えるのが、利他という概念なのかな」「もし人間である私たちが、完全に個人的な存在で、自分の利益を最大化することしか考えていなかったら、社会などつくらないでしょう。利他的な関係がまずあって、社会が生まれ、そのうえに私たちが当たり前だと思っている制度や価値観が乗っかっている。利他は私たちの社会のあり方を、土台の部分から考え直すための道具です」(p.3、伊藤亜紗

 利他を「思想」とは言わずに、「利他的な関係」「道具」というところがとても良いのではないでしょうか。

 「しばしば利他は「善行」と混同されています。けれどもその善行が「自分の頭で考えた、相手にとってよいこと」であるかぎり、それは自分の正義を押し付けることになってしまう」(p.4、伊藤亜紗)

 そうなんですよ! つけものが嫌いなぼくに「おいしいからぜひ食べてください」とか言って高級なものをくださっても、まあ、困るのです。困らないのは、良いことをしたいというその方の願いだけではないでしょうか。すると、これは利他というより、利己っぽいですよね。

 

 「粘菌というものすごく生命的な巨大アメーバが、この複雑な自然界で判断しながら生きている。どこが頭か手かもわからないような、高度な可逆性を持ったシステムが生きているとき、それは脳のような中枢的な世界ではない。人間と真反対の考え方、つまり「分けない」という形で、むしろ知性を高めた生き物がアメーバだったんじゃないかと思うんです。しかし人間も、とくに身体が関わってくる潜在的なインタラクションの中に、まだ似た側面を持っていて、それが「共創」のベースになっている、という考え方をしております」(p.48、三宅美博)

 「人間と真反対の考え方」とありますが、利他を「思想」ではなく「関係」とか「道具」とか呼ぶのであれば、むしろ「人間と真反対のシステム」と言った方がよいのかもしれません。ただ、ここで斥けられているものは「個人的な考え方」「個人的な思想」「閉じられた精神」のことであり、共同思考、共同思想、共同精神はありでしょう。共に創り、共に有する精神ですね。

 

 「我々が意識する世界のさらに下に、我々を潜在的につないでいる「場」があって、「場」が共有されている中で初めて主観的な世界が共有され生まれてくる」(p.49、三宅美博)

 

 すると、たとえば、頭のよい人が東大に合格したりして、それはその人の能力と努力の結果だと思われているわけですが、そういう能力も努力も、じつは、ぼくたちを潜在的につないでいるシンクタンクみたいな「場」があって、たまたま、その人がその端末になっているにすぎない、その人に現れているように見える能力や努力はじつは共有財産なのだ、大谷選手のホームランも勝ち星も藤井さんの八冠もみんなのものとも考えられるのではないでしょうか。

 

 「じゃあ、「与える」ではない利他ってなんなんだろうと考えたときに、今日のキーワードでもある「漏れる」が出て来たんです・・・自然界に目を向けてみると、そこにあるのは「あげる」じゃなくて「漏れる」ばかりなんですよね。たとえば「木洩れ日」は、植物が太陽の光を独占しないで、かといって与えているわけではなく、漏れ出させている状況です。そうすると、地面に近いところに生えている植物も光合成できる」(p.74、伊藤亜紗)

 

 これとちょっと似ているのが旧約聖書にあって、畑を全部刈り取らないで残しておく、そうすると他の人が刈り取る、というシステムです。善意をむき出しにして直接「与える」のではなく、刈り漏らすという形でわかちあう。

 

 「漏れるということは、閉じつつ開かれている、ということですよね。「漏れる」と「与える」の違いをひと言で言うなら、それは「宛先が決まっていない」ということだと思うんです。「与える」は自分の行為の結果をコントロールしようとしえいるのに対し、「漏れる」はそれに無頓着」(p.75、伊藤亜紗)

 

 良いことらしきことを押し付けようとか、自分が善人になろうとか、そういう執着がないのがとても良いですね。

 

 「もしヴァンゼー会議が近代の行き着く先の悪い方向だとするならば、お二人の考えていらっしゃる合意形成とか会議というのは、全然当初の目的とずれ始めるとか、最終的な決着について、みんなが全然違うことを考えているとか、なんかもう会議という概念自体を考え直さなきゃいけないなと、お話を聞いて思いました」(p.98、藤原辰史)。

 ヴァンゼー会議というのは、ヒトラーらがユダヤ人殺戮を異論なしで決めた会議のことです。異論がなければ、いろいろな意見がなければ、葛藤や摩擦がなければ、こんなおそろしいことが決まってしまうわけです。最初から結論が決まっている会議です。しかし、会議は、いろいろな意見があって、最初誰かが目指していた結論とは違うところものが生まれてくる可能性を持っていなければならない、というのです。

 

 「僕は「草の根」性は好きだし大事にしたいけれど、それだけでは同じ人しか来ない状況が生まれやすくて。リベラル系の集会はだいたいそうなんですよ。さまざまなテーマを扱うのに、毎回同じ人が集まって討議する。そういう政治の場にランダム性を入れると、権力構造も変わるんじゃないか、と思っています」(p.124、國分功一郎)。

 リベラル系もじゅうぶんヴァンゼー会議化しやすいのです。討議の場に、可能であればランダムに人を集めると、想像もしなかったおもしろい考えが創出されるかもしれません。

 

 「土壌とか微生物を、人間以外の主体性を持つ存在として捉えることになる。たとえば哲学では、人間しか言語を話さないから人間が自然を統御するべきだ、という「人間例外主義」が近代的な前提ですけれども、自然科学で人間以外の生命を研究している人たちが、「いや、ちょっと待てよ」と。クジラや象、キノコや植物とかも、言語みたいなものを持っていることがだんだんわかってきて、哲学の前提が、自然科学の最先端で崩れてきている」(p.152、中島岳志)。

 東工大で文系のリベラルアーツをやる。そのおもしろさのひとつがこういうところではないでしょうか。

 

 「「私の一票ってなんなの?」と言ったときに、微生物や周りの木々、他の動物や亡くなった人や、誰かまだ見ぬ他者が含まれたものであるという、そういう観念が必要なんだと思うんです」(p.167、中島岳志)。

 

 利他の他にはこういうところも含まれていて、これらは他でありながら己と深くつながっているから、広い意味では利己(この場合良質な)でもあるのかもしれません。

 

 「デリダは・・・「絶対的ないし無条件の歓待」を主張する。絶対的な他者、知られざる匿名の他者に対しても、名前さえ訊ねず、アイデンティティの同定も禁ずること」p.220、北村匡平)。

 

 「國分功一郎は・・・次のように定義する。「歓待とは他者を受け容れる側も受け容れられる側も変わることである。それに対して寛容はまさしく無変化によって定義される。つまりそれは自分を維持しつつ他人を受け容れることです」(p.225、北村匡平)。

 

 「別の場所でも國分は「寛容tolerance」と「歓待hospitality」を対照させ、後者が相手を受け入れて自分が変わっていくこと」で、「歓待においては自分が客なのか、主人なのか、それすらわからなくなってしまう」と話している」(p.226、北村匡平)

 

 「歓待とは、自他と環境の相互の中でその領域が次第に形づくられ、時に主客が入れ替わり、時に自他が変容していくことで生成するものではないだろうか」(同)。

 

 というわけで、利他は、ぼくたちが良い人になるために良いことを人にしてあげる、ということではなく、むしろ、人間以外の生命圏にみられる共存のOSであるのかもしれない、わけです。

 

 世界には性善説的なシステムが組み込まれているのでしょうか。個別に善人であるというより、いのちのつながりのなかに善があるというような。

 

 

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