暴力的な文章がある。それは、武力攻撃や差別、侮辱、搾取、抑圧と同類だと思う。
石牟礼道子と若松英輔の文章は、暴力的な文章ではない。むしろ、暴力的な文章の暴力性を明らかにしてしまう、平和といのち、悲しみと愛に満ちた文章だ。
ふたりは、書く。わたしも書くが文字を書くことにとどまっている。コトバを書いていない。ふたりにとって、書くとはどういうことか。
「彼女が考えていた文学とは、書き手と語らざる者たちによる協同の行いにほかならない」(p.12)。
「誰かの心にある、言葉にならないものに出会ったとき、それが石牟礼道子の書き手になる瞬間だった」(p.18)。
書くとは、書き手が自分の語りたいことを書くことではない。語らない者の言葉にならないものを書くことなのだ。
「書くという営みは、どこまでも手仕事であらねばならない」(p.20)。「まるで書くことで大地の感触を確かめているようにさえ映った。頭だけでなく、からだで書く、それが彼女の流儀だった」(p.20)。
わたしは毎週日曜日教会で「説教」をする。その原稿を、言うまでもなく、パソコンで打ち込む。それは手仕事だろうか。からだで書いているだろうか。文章化しながらキーをたたく前に、聖書の個所を読み、手書きのメモを小さな紙で数枚つくり、それをノートの頁に並べ、並べ替え、ノリではりつけ、手書きでメモを膨らませるが、まだ文章ではない。後日、パソコンに向かい、それを見ながら、文章化していく。手仕事が少し入っているだろうか。いや、からだで書くとは、これとは異なる次元のことだろう。
「彼女にとって書くとは、おのれの心情を十分にかたることのないまま逝かなければならなかった者たちの、秘められた思いを受け止めることだった」(p.21)。
わたしは、聞き手の秘められた思いを受け止めて書いているだろうか。
書き手が聞くべきことがもうひとつある。
「書き手に求められているものは、自らの思いを込め、工夫をこらすことよりも、思いを鎮め、どこからかやってくる無音の「声」を聞き、言葉の通路になり切ろうとすることだというのである」(p.25)。
わたしが書いているものは、荒ぶる自らの思いに過ぎず、世の中では、文を深めることよりも、工夫をこらすことが優先されているのではなかろうか。書き手は、言葉なき生者死者の言葉だけでなく、それらを包む無音で無限で永遠の声に聴かなくてはならない。
「知性的世界の彼方、霊性の境域を凝視しながら石牟礼は、未知なる読者にむけて、いつまでも言葉の推敲を重ねていた」(p.45)。
石牟礼の、そして、若松のこの姿は、牧師や神父、僧侶、哲学者、文学者、詩人、芸術家の、いや、働く者、生きる者の、本来の姿でもあろう。
「彼女にとって書くとは、この世において「まことの地獄」と「心願の国」の双方を見極めることであり、魂がその故郷である「生類のみやこ」に帰ろうとする営為にほかならなかった」(p.146)。
「まことの地獄」を「人の罪」、「心願の国」「生類のみやこ」を「神の国」「天国」と重ねても、まったくの見当違いではないと思う。