「この網の目からは、農作物を荒らすイナゴの大群のように悪いもの(ヤナムン)が湧きだしてきて、島の暮らしのひだにまではびりこり、平穏を脅かして、島民たちの魂すらも蝕んでしまう」(p.344)。
基地の金網から、悪霊がつぎつぎと飛び出していく。けれども、それを迎える者たちもいる。
「歳月にも朽ちずに土地に息づくウタキ。それはすばらしく頼もしい、この島の祈りを一手に引き受けてくれるような存在だとは思わんかね」(p.348)。
「過去の出来事(サチユヌー)は、すぐそこにある現実(ユーヌサチ)として立ち現われ、島民の生は明転と暗転をくりかえす。あの日からずっと響いているその声に、だれもが知らず知らずのうちにその身をさらしている。空はどこまでも青く、死者たちが帰ってくる」(p.350)。
かたや米軍基地、日本政府・日本政府の暴力。かたやウタキ、ユタ、ノロ、ニライカナイという沖縄の民衆世界、宗教世界。
日本軍の支配、米軍の侵略、沖縄戦、県民の四分の一の死、土地・資源・生活の略奪、兵士に襲われ殺される少女たち、米戦闘機墜落により焼き殺された小学生たち、教公二法阻止闘争、全軍労(全沖縄軍労働者組合)ストライキ、コザが燃えた夜、カメジロー・・・。沖縄近代史。
「自分がこの房で、なにを渡すまいとしているか。アメリカーや日本人(ヤマトンチュウ)が、この島のなにを欲しがっているのか」(p.88)。
「おれは最近思うんだよな。ほんとうに目の仇にしなきゃならんのはアメリカーよりも日本人(ヤマトンチュ)なんじゃないかって。デモで声を上げるのが民主主義の基本だなんて復帰協は言うけど、この島の人権や民主制はまがいものさ。本物のそれらはもうずっと、本土(ヤマトゥ)のやつらが独り占めにしてこっちまで回ってきとらん」(p.239)。
日本の人権や民主制もまがいものだが、日本が沖縄に対して、人権を蹂躙し、剥奪し、沖縄の「民」の「主」権など一顧だにせず、廃棄してきたことは事実だ。
日本に復帰すべきか。独立すべきか。主人公の一人である青年が出した答えに、驚いた。けれども、当然の考えであった。
沖縄の歴史を背景にした幾重もの苦悶の青春とミステリー。もっとも深い意味でのミステリー。