376  「池澤夏樹が墓を塞ぐ大きな石を転がしてみせた」

「キトラ・ボックス」(池澤夏樹角川書店、2017年)

 「キトラ」という語にはなにか異国情緒を感じていたが、「北浦」が転じたという有力な説があるようだ。奈良のキトラ古墳

 最初に耳にしたのは小学校の授業で習う仁徳天皇陵といわれる前方後円墳。これら古墳の中はどうなっているのだろうか。誰の遺体があり、まわりにどのようなモノが置かれ、どのくらいの広さで、天井には何が描かれているのだろうか。考古学者やその周辺の人か、あるいは盗掘者でもない限り、直接見る機会はまずない。それ以外の者は、許可を得たカメラを通しての写真や映像に頼るしかない。

 けれども、池澤夏樹は墓の入口に横たわる巨大な石を転がしてみせた。イエスが死後三日目に復活したときの天使のように。時間と空間の境を越えることによって。さらには、死と生の境を越えることによって。

 文学とは越境することだ。読書もまた越境だ。ならば、ぼくたちも、思考と想像によって、古墳の中にお邪魔することは可能ではないか。盗掘などはしないけれども。

 近畿。ウィグル。瀬戸内海。この三箇所から、千数百年前の同じ鏡、つまり、同じ型から生まれた鏡が出てきた。三枚の鏡の生家はどこで、その後そこを発ちそれぞれはどのような旅をして、この三箇所にいたったのだろうか。鏡もまた時空と生死を越える。

 ならば、人はどうなのだろう。大阪・千里の国立民族学博物館の若いウィグル人女性研究員が、瀬戸内の神社の境内で何者かに拉致されかける。ウィグル人、漢人、日本人は、たがいに垣根を越えて、友となることはできないのだろうか。

 池澤には「アトミック・ボックス」という前作があり、そこでは、若い女社会学者が原爆開発という日本国家の秘密計画を知り、権力と闘うのだが、今回の作品にも、この社会学者が主役女性のすぐ脇役として登場したり、主役も国家の闇に苦しめられたりし、テーマが継続されていると言えよう。とうぜん、第三作が期待される。
 

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