(38)「人それぞれに行き方が」

7:7私の願うところは、すべての人が私のようであることです。しかし、ひとりひとり神から与えられたそれぞれの賜物を持っているので、人それぞれに行き方があります。

 パウロは自分の願望を持っています。皆が自分と同じように独身であった方が良いという思いがあります。しかし、同時に、それはあくまで「私の」願うところであって、「独身でいなさい」という「命令」(6節)ではなく、他の人には他の人の道が備えられていることをわきまえています。パウロは「男が女に触れないのは良いこと」(1節)と考えますが、「不品行を避けるため」(2節)には、結婚をした方がよいと「容認」(6節)します。けれども、これも、「結婚せよ」という命令ではありません。人それぞれに「行き方」があるのです。しかし、それは好き勝手で構わない、ということではありません。独身であっても、結婚をするのであっても、また、その結婚が信仰者同士の場合でも、そうでない場合でも、「自分のからだをもって、神の栄光を現す」(6:20)ような、相手に仕えるような、それぞれの「行き方」があるのです。

(※雑誌「百万人の福音」(2008年9‐12月)に掲載されたものです。新改訳聖書から引用しています。)