751 「わかちあい大事にしあう価値観を、中に間に、〈埋め込む〉」・・・ 「コモンの「自治」論」(斎藤幸平他著、2023年、集英社)

誤読ノート751 「わかちあい大事にしあう価値観を、中に間に、〈埋め込む〉」

 

「コモンの「自治」論」(斎藤幸平他著、2023年、集英社

 

 コモンとは、空気や水、教育、医療など、社会の共有財産のことである。自治とは、政治家、支配者、資本家など一部の者ではなく、住民、民衆が社会の諸課題に自分たちで取り組むことである。たとえば、水、水道の住民への供給に関しては、住民が話し合い、決め、さらには、運営さえすることだ。

 この本の「ポイントは、〈コモン〉による経済の民主化が政治の民主化を生む」「〈コモン〉を取り戻すことが、政治の「自治」を取り戻すことにもつながる」(p.271)である。

 〈商品、私有財産〉と〈コモン〉は対称的だとすると、〈資本主義、支配〉と〈自治〉も対称的だ。〈商品、私有財産〉は〈資本主義、支配〉と親和性が強く、〈コモン〉は〈自治〉と親和性が強い。

 

 私有財産制、資本主義を止めよう、というのではなく、資本主義社会の中で、必要な部分には、〈コモン〉と〈自治〉の空間を展開しよう、というのだ。

 

 各章では、大学、店、区行政、市民科学、精神医療、食と農が論じられているが、おもしろかった箇所を挙げよう。

 

 白井聡さんは、大学当局にとって、声をあげる大衆的で無党派の学生たちと共産党が脅威だった、これを抑えるために、日大は体育会、早稲田は革マル、諸大学は原理研統一教会)を利用した、と指摘する。こうして、教授会自治、学生自治がつぶされたと。

 

 杉並区長、岸本聡子さんは、「〈コモン〉や〈ケア〉を大事にする価値観を地方自治体のインスティテューションの中に埋め込むことができれば、資本の言いなりになる国家の圧力をはねのける強力な武器になるでしょう」(p.113)と言う。

 

 この「価値観を、埋め込める」というのは、その通りだと思う。斎藤幸平さんも、「重要なのは、権利を要求する社会運動のほうが力を持つことです。逆に言うと、権利要求の運動が力を持てば、今より厳しい法律が施行されなくても、職場による差別やパワハラ、セクハラなどをなくしていくことができる。人々の規範意識を揺さぶるような社会運動が広がっていくなかで、法律の運用もさらに厳格なものへと変更されるでしょう」(p.246)と言う。

 

 人には人権がある、自他の人権を大切にし、守らなければならない、という価値観が、人を殺してはならないという価値観と同じくらいに、ぼくらの中に、そして、ぼくらの間に、埋め込まれなければならない。

 

 むろん、人を殺してはならない、という価値観が十分に浸透している、という意味ではない(個人的な殺人事件も起こり続けているし、死刑や戦争は殺人とは別枠で考える人は少なくない)。しかし、人権侵害は殺人よりはるかに日常茶飯事だ。そういう意味で、殺人と同じくらいに人権侵害もゆるされない、という価値観が浸透すべきだ。

 

 それにしても、杉並区はすごい。「杉並区議会は四八議席のうち、女性議員が半数を占める・・・しかも当選した女性新人議員たちは、三〇代の保育士、四〇代の子育て中の母親、闘病生活の後に立候補を決意した五〇代のシングルなど、地に足のついた暮らしを送ってきた女性たちです」(p.114)。

 世田谷区も全国のどの自治体も、どの組織、共同体、団体、どの会も、こういう、本来はあたりまえの状態にしなくては。人間は。わたしたちは。

 

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