337  「語り切れない悲しみを語り、言葉にできない喜びを書く」

「そして(ジュニア・ポエム双書、谷川俊太郎・自選詩集」(谷川俊太郎銀の鈴社、2016年)

詩人は、見えない世界を書いている、天使の声を聞きとっている、とどこかで耳にしたことがあります。

谷川さんは「かみさまなんていないんだから」と言いますが、「ともだちだけはほしいとおもう/はなしをきいてくれるともだち/てをにぎってくれるともだち」と続け、さらには、「きもちのふかみにおりていこうよ」「めにはなんともみえないとしても/きっとなにかがきこえてくるよ」と結びます。

「かみさま」と、「はなしをきいてくれるともだち」「てをにぎってくれるともだち」「きもちのふかみ」、みえなくてもきこえてくるものと。両者の距離はそんなに遠くないのではないでしょうか。

「わたしにはみえないものを/てんしがみてくれる/わたしにはさわれないところに/てんしはさわってくれる」。詩とは、天使の目と指を頼りに、なんとかつづられる言葉のことでありましょう。

「人は限りないものを知ることはできない/だが人はそれを生きることができる/限りある日々の彼方を見つめて」。こうなると、谷川さんは、宗教者とほとんど変わりがありません。

けれども、谷川さんは「日々の彼方」だけでなく「日々」もしっかり見ています。「いまきみはぼくの手のとどかないところで/世界に抱きしめられている」「きみの涙のひとしずくのうちに/あらゆる時代のあらゆる人々がいて/ぼくは彼らに向かって言うだろう/泣いているきみが好きだと」

「きみ」を抱きしめるのは「天」ではなく「世界」ですが、「きみ」を抱きしめるとき「世界」は「天」になるのかもしれません。「きみの涙のひとしずくのうちにいる、あらゆる時代のあらゆる人びと」も「世界」の人びとですが、どうじに「天使」なのかもしれません。「泣いているきみが好き」とは「(きみは)抱きしめられている」とほぼ同義であり、「ぼく」だけでなく「天」も「きみ」を好きなのではないでしょうか。

「いまここにいない あなた/でもいまそこにいる あなた/たとえすがたはみえなくても」「あなたとことばで であいたいから/わたしはかたる かたりきれないかなしみを/ わたしはかく ことばをこえるよろこびを」

「あなた」は同時代の人びとであり、死者であり、これから生まれてくる者たちであり、そして、神、なのではないでしょうか。(死者と神は同じではありませんが)

そこにあるかなしみは語りえなくても、なんとか語ろうとする、そこにあるよろこびは言葉を超えていても、なんとか書く、あなたにむかって。それが詩人なのです。



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