皆さん、おはようございます。外見は羊のようにやさしいのに、中身は狼のように怖い人がいます。ほんとうは、外見はどうであれ、中身が羊のようにやさしい人が、わたしたちの生きている世界では、求められているのではないでしょうか。
ぶどうの木は、ぶどうという良い実を結びます。いちじくの木は、いちじくという良い実を結びます。ぶどうもいちじくも、それを食べる人に、水分や栄養分や味覚を与えてくれます。
わたしたちも、ぶどうやいちじくのように、出会う人の心に、潤いやビタミンや、おいしい味わいをもたらすような人になれたら、それは、とてもすばらしいことです。
わたしたちも、羊のように、出会う人の心に、やわらかさやあたたかさをもたらすような人になれたら、それは、とてもすばらしいことだと思います。
イエスさまは、わたしたちにとって一番大切なことは、神さまを愛することと、隣人を愛することだと教えてくださいました。
神さまを愛するとはどういうことでしょうか。それは、自分の力ではどうしようもない、自分を助けてくれるものは何もない、と思ってしまうようなときでも、神さまだけはわたしたちと一緒にいてくださり、支えてくださると信じることです。どんなに厳しいことが起こっても、もうだめだと思っても、神さまが道を切り開いてくださると信じることです。
隣人を愛するとはどういうことでしょうか。それは、相手を傷つけないようにすることです。相手の気持ちを大切にすることです。自分が遠慮するというよりも、相手のことを大事にしながら、相手と向かいあうことです。
わたしたちは、このように神さまを愛し、隣人を愛する人に、少しずつ成長できたら、それは、とてもすばらしいことです。
しかし、ここで注意したいことがあります。じつは、神さまはわたしたちを採点しません。わたしたちがどれだけ神さまを愛しているか、どれだけ隣人を愛しているか。そういう採点をしません。採点の結果、わたしたちを不合格にすることもありません。神さまはわたしたちを採点することなく、受け入れてくださいます。それが神さまの愛なのです。
けれども、わたしたちは、その神さまの愛に感謝して、少しでも、神さまを愛することができるように、隣人を愛することができるように、そのような目標を持ちながら、歩んでいきたいと思います。