「がんになったホスピス医の生き方論 希望という名のホスピスで見つけたこと」（細井順、2014年、いのちのことば社フォレストブック)
「ホスピスで過ごすことが、新たなスピリチュアルペインを生み出していることはないのであろうか」（p.204）。がんの進行などによって「生きていく力の源が絶たれたときに感じる痛み」(p.61)をやわらげるためのホスピス。その医師である細井さんのこの言葉は、読者の意表を突きます。
「日常生活の中で死をしっかりとみることを育てていかなければならないと思うのである。死が日常の中にある生活こそが、死を育て、いのちを育てることになる」(p.205)。ホスピスはあたたかいところだが、日常ではない、と言うのです。そして、幼子を育てる幼稚園や保育園を営んでいるお寺や教会がその隣にホームホスピスを作れば、街という日常の中で、天へ旅立つ人から地上の旅を続ける人に、「『いのち』の継承」(p.207)ができると細井さんは説かれます。
がん治療が進歩したゆえに、かえって、その止め時が難しくなり、ホスピスなどで人生を振り返ることもなく、急に旅立ってしまうことになる。これも意外な指摘でした。生物としての生命を終えようとするとき、何が大切なのでしょうか。
ホスピスは医師、看護師、宗教家、ワーカー、薬剤師、療法士、ボランティアなどのチームケアであり、たとえば、医師として根拠を見出せなくても、看護師が患者さんを傍らで観て薬剤の変更を勧めるのであれば、それを信頼し、試みることもあるというくだりにも驚きました。
「がんも自ら折り合いをつけなければならない人生でであう諸問題のひとつに過ぎないのではないかと思った」(p.160)ともあります。がんと言えば人生の決定的な一大事というわたしたちの先入観が打ち砕かれます。
細井さんたちのホスピスでは、患者さんが亡くなり自宅などに向かう前に、クリスマスローズという瞑想室で短いお別れの会を持つそうです。家族やスタッフが患者さんを囲み、主治医から患者さんとの交わりの中で感じたことや学んだこと、遺族へのねぎらいの言葉、患者さんと遺族との関係は絶たれないことなどが語られ、最後に病院牧師が神に向かって患者さんや家族のために心をこめて祈ります。すると、そこには、「『いのち』に根差した一体感、共通感覚」が生まれると言います。ふつう、多くの病院ではただちに霊安室に運ばれます。そして、病院を出る際には、医師何人かと看護師さんが見送ってくれることがありますが、細井さんたちのお別れの会はこれとはまったくちがう光景なのです。
「看取りのときに『いのち』が受け渡される。『生命』の終わりは『いのち』の物語が新たな章節へと進んでいくことである」(p.180)。死は終わりではない。命の終わりはいのちの始め。
ここでも細井さんは、死んだらそれで終わりというわたしたちの底に沈んでいる虚無的な思いの意表をつくのです。
意表をつきますが、変ではありません。この本を読む限り、また、映画「いのちのいちばん輝く日」を見たり、また、友人に案内されこの希望館で一度だけすれちがってあいさつをかわした限り、細井さんは強烈な個性でもありません。
おだやかなおじさんです。まさに日常そのもののおじさんです。
その理由はこういうことかも知れません。「今日一日は本当に『与えられている』にすぎない」(p.142)。「生まれながらの自分はすでに死んでいて、生きているのは生まれながらの自分ではない自分だと思う」(p.143)。「人生に過去はなくて、すべての事柄は今日の日を作る礎になっている。そう思うと、とてつもなく大きな力が私に働いていると思わされた。その結果、自分に死んで、神（キリスト）に生きる人生観を持つに至った」(p.144)。
