誤読ノート207 「雨はまた降り、また上がる」  「洗脳 地獄の12

誤読ノート207 「雨はまた降り、また上がる」

 「洗脳 地獄の12年からの生還」(Tosh1著、2014年、講談社

  “Endless Rain” 曲、詞、奏楽、歌唱、どれもすばらしい。ロック・バラードの名曲。

 ぼくはこの曲しか知りませんが、カルトから脱出したTosh1さんを支える紀藤正樹弁護士が巻末に書いているように、彼は天才ロック・ヴォーカリストだと思います。

 その彼が、仕事や家族のことでの悩みを深めている時期から、カルトに巧みに誘いこまれ、また、彼もそれに傾倒し、12年間の隷属生活で、心身をぼろぼろにされ、すべてを失ったとき、助けてくれる人びとと出会い、あるいは、そういう人びとの存在に気づき、彼自身も、カルトの支配者たちへの服従を拒絶し、闘う決断をします。

 カルトは、まず、彼が仕事や家族のことで、とくにお金をめぐってのトラブルで悩むのは、彼がエゴイストであるからだと責め立てます。そして、エゴイストを止め、「本来の自分」「ありのままの姿」に戻れ、そのためにはカルト支配者の無私の姿に従え、と命じます。絶対服従です。

 ムチばかりでなく、時にはアメが渡されます。カルトの支配者たちは、当初はやさしかったり、親身になってくれたり、彼のために自分を犠牲にしてくれたりしているように思えます。いや、そう教えられます。セミナーと称される時間や空間では、現代の臨床心理学の成果を悪用しているようにも思えます。

 けれども、ここにあるのは、自分のエゴに対する倫理的、思想的、文学的、実存的気づきとは程遠い、おまえはエゴイストである、そのままでは苦しみ続けるという強迫です。彼は、密室で取り囲まれ、毎日何時間も「だからお前は駄目:なんだ」と罵声を浴びせられ、背中を打たれ、蹴られます。彼は、自分が悪かった、すみませんでしたと泣き叫びます。

 そして、求められるがままに、お金を渡し続けます。それまでの財産がなくなれば、小規模なコンサートやCD販売会を連日やらされ、その収益のすべてを支配者たちに渡し続けます。それは一年に一億円はくだらないと目されていますが、彼は生活費のために借金をし、コンビニ食の毎日だったそうです。罵声と暴力、そして、家族や仕事の上で抱えたあの苦しみから抜け出せないということへの恐怖に縛られて、十年間もそんな生活を続けていたのです。

 しかし、今はそこから抜け出して、あたらしく歩み始めているようです。

 この本はカルトの実体を明らかにすると同時に、いまや中年となったTosh1というロック・スターのひとりの人間としての弱さの赤裸々な告白であり、彼がどん底に落ち、倒れ、そこから立ち上がるまでの遍歴でもあります。読むに連れ、苦しくなってきますが、最後には希望が見えてきます。

 いや、これで終わりではないかも知れません。また雨が降るのではないかという一抹の不安を感じさせるエピソードもありました。しかし、その雨もまた止むと信じたいと思います。

 なお、カルト問題は今日始まったものではなく、数十年にわたって、カルト被害者を救出したり、カルト犯罪者と闘ってきた市民、法律家、宗教家などがたくさんおられます。献身的な努力を長く続けておられます。

 また、国家や会社、学校、家族、一般的にはカルトと見なされない宗教団体の中にも、ときおり、カルト的要素が忍び込むこともあります。どんな形であれ、お金が求められ、命令がくだされ、罵声が浴びせられる、それがカルトのしるしだと思います。

 ああすれば、ぜったい、こうなる。この人の言うことは、ぜったいまちがいない。その場の感動や感情を絶対化する。こうした人間の心理もまたカルトの温床のひとつでありましょう。
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