映画「ツリー・オブ・ライフ」(テレンス・マリック監督、ブラッド・ピット、2011年)
ブラッド・ピットは父の嫌らしさと不器用さを、 ジェシカ・チャステインは母の美しさと奔放さと苦悩を、子役たちは少年の喜怒哀楽を、巧みというよりも、自然に、しかし深く演じていました。
この映画は、とりあえずは、母、父それぞれと三人の男の子、母と父、兄弟の物語です。その中で、ぼくは、とくに父子関係に注意を引かれました。
父が出張で帰って来ない時の解放感、悪いことをして母に知られ「お父さんに言うの」と尋ねる時の不安、父がいつも僕の心を支配しているという圧迫、それを反射しての弟への仕打ち。すべて心当たりがあります。ぼくだけ、うちだけではなかったのか、という安堵もすこし覚えてしまいましたが。
映画の父子関係は、父とぼくの関係だけでなく、ぼくとぼくの息子たちの関係をも描いていました。人生に悔いを残し、自分は無力だと思い、子どもたちにはそうはなってほしくないと願い、期待する姿は、とても見慣れたものです。
しかし、これも、一世代で見れば、たかだか数十年のこと。けれども、映画はこれに、何億年、何兆年、いや、永遠の枠を与えます。
映画の前半では天地創造と生命の誕生、人間の誕生の特殊映像がかなり長い時間展開します。そして、映画の最後には、キリスト教で言う救いの完成、すべての人の復活の日を思わせる場面が何分か続きます。
地球の営み、世界の始めと終わり、という枠組みの中で考えた時、人の人生とは何なのでしょうか。
うれしいことだけでなく悲しいことも、楽しいことだけでなくつらいことも、人との親しい交わりだけでなく葛藤もある、ぼくたちの人生ですが、それ全体を、埋没させるのではなく、ゆったりと包み込んでくれるような壮大な物語があるのではないでしょうか。