「木の上の軍隊」(井上ひさし原案、蓬莱竜太作、「すばる 2013.5」所収)
沖縄、伊江島。
敗戦後、二年間、ガジュマルの大樹に身を隠していた兵士たち。
沖縄出身の新兵。他府県からの上官。
井上ひさしは、この事実を根っことする戯作の構想メモだけを残して、帰って行った。
その志を引き継いだ蓬莱竜太。
三十代半ばにして、才能を発揮し、数々の成果をあげている劇作家だが、井上ひさしのオールドファンたちは、この作品をどう思うのだろうか。
みがき抜かれていながら、過剰にあふれでる言葉。セリフ、幕、芝居、それぞれのおもしろさ。ユーモア、笑い、言葉遊戯。文字面の難解さはないが、戦争責任について、日本人への、考えぬかれた、深い問いかけ。
井上ひさしの後継者になる必要はないが、蓬莱竜太は、井上ひさしが考え描いた「木の上の軍隊」を書くのにふさわしい戯作者であることを、それでいて、蓬莱竜太という作家でありつづけることを、この作品で十分に証明した。
上官 この島の人間はやっぱり国民じゃないのか? あ?
上官 俺は・・・・・・お前がわからんよ・・・・・・・お前らが。
上官 俺は・・・・・・非国民じゃないんだよ・・・・・・お前と違って。
上官がこう吐くのは敗戦後の二年間だけではない。
新兵 あの目の前の基地はどんどん大きくなっていく。自分たちの島が・・・・・・・。嫌なもんです。
新兵 早くあんなものはぶっ壊してやりたい。
新兵 毎日毎日あれを見てると当たり前に見えてくる。だから一生懸命思い出すんです。あれがなかった時の景色を。
新兵 上官・・・・・・今、闘う気があります?
新兵 あいつらを。あの中にいるあいつら全員を殺す気あります?
新兵 上官達は、悲しくない。この島がどうなっても。
新兵は今なおガジュマルの樹の上からこう叫び続けている。
上官 二年間、毎日一緒にいても、おまえのことがほとんど理解出来なかったよ。
新兵 だけども、知りたいという気持ちはあった。
上官 何度もお前を殺そうと考えたよ。
新兵 俺もですよ。
新兵 だけど、結局、こうして、二人とも、生きている。
新兵 信じますよ。
新兵 今は、それしか出来ないからです。選べるものが、それしかない。
新兵 不毛な戦いで失ったものなら、その責任がある。取り戻してもらう。
新兵 取り戻してもらいます、この島を。
新兵 勝手に都合良く終わらせない。
上官 お前・・・・・・・脅してるのか・・・・・・・?
新兵 違う。信じてるんです。
新兵 守られているものに怯え、怯えながら・・・・・・すがり、すがりながら、憎み、憎みながら、信じるんです・・・・・・・もう、ぐちゃぐちゃなんです。
書き写す者に、声に出せと促してくるセリフ。新兵として舞台に立ちたくなる。
沖縄の人の目から問われ、暴かれる日本軍の正体。
日本軍を送り、つづいては、米軍をいつまでも駐留させる日本国家の正体。
沖縄の人と他都道府県の人の断絶と接点。
二人の人が生き続けるとはどういうことか。
「憎み、憎みながら、信じるんです・・・・・・・もう、ぐちゃぐちゃなんです」。この新兵の言葉に、井上ひさし最後の戯曲「組曲虐殺」の中で、小林多喜二が歌った「ワルをうちこらし ボロをうちすてて 飢えをうちはらい 寒さうちやぶり 虹にしがみつけ あとにつづくものを 信じて走れ あとにつづくものを 信じて走れ」への、蓬莱竜太のひとつの返信を聴いた。