「私はだれでしょう」(井上ひさし、「すばる 2007年3月号」所収)
戦災で離ればなれになった人々を再会させようとするNHKラジオ番組「尋ね人」。
そのスタッフは、ラジオが生んだ大スターだった京子、同じく元アナウンサーで今は脚本家をめざす三枝子、神田の書店の長女圭子、元映画会社勤めの佐久間。そこに、集う組合書記の高梨、自分が誰だかわからない山田太郎、日米の二重国籍を持つフランク。
進駐軍は放送に規制をかける。「十万人の犠牲者を出したあの東京大空襲」からは「十万人の」と「大」が削られる。「アメリカ兵が手込めにした」は「大きな男が乱暴をした」に言い換えられる。
「尋ね人」では決して取り上げてもらえない、西日本のふたつの地域がある。
けれども、削除と換言と黙殺は米軍だけに限られない。
記憶喪失は、戦争に対する自分たちの責任を忘れてしまった日本人皆の症状でもある。
敗戦まで、わたしは誰だったのか。何をしてきたのか。
敗戦後、わたしは何をするのか。誰になろうとするのか。
敗戦が大震災、大不況となっても、この問いは終わらない。
これまでのことを省み、反省をし、しかし、同時に、自分を支える土中の根を確認し、その上で、これまでとは違うこれからを、ぼくは生きなくてはならない。